誰も知らないドイツの町 Unbekannte deutsche Städte(45):★ヴッパータール Wuppertal -2-

★★ヴッパータール Wuppertal -1- からの続きです

ドイツ語版 Wikipediaの概要には下記の解説があります。

ブッパータールは、人口 355,004人(2020年 12月 31日現在)、ドイツ西部のベルギッシュ・ランド地方最大の都市で、産業、経済、教育、文化の中心地である。ルール地方の南、デュッセルドルフ行政区に位置する大都市で、ドイツで 17番目に大きい都市として、ノルトライン・ヴェストファーレン州の主要な中心地の一つである。

集落が初めて記録されたのは、11世紀半ばに遡る。何世紀にもわたって、現在の市街地はさまざまな領地に分割されていた。19世紀まで、この地域はドイツやヨーロッパの初期工業化の中心地として発展し、特に繊維産業はこの地域に富と成長をもたらした。

1929年 8月 1日、独立したエルバーフェルト(Elberfeld:1883年頃からの大都市)とバルメン(Barmen:1884年頃からの大都市)、およびロンスドルフ(Ronsdorf)、クローネンベルク(Cronenberg)、フォーヴィンケル(Vohwinkel)が統合してバルメンエルバーフェルト市(barmen-Elberfeld)となった。 1930年に市民投票を経て、バルメンとエルバーフェルトがウッパー川の谷間に位置している地理的条件を表してヴッパータル Wuppertalと改名された。

(右の地図はクリックすると拡大します)

国家社会主義時代、この街は NSDAPとレジスタンス、労働組合や政治的反対勢力、そして教会の重要な中心地であり、それは少なくともバルマー宣言に表れていた。第二次世界大戦で広範囲に破壊されたため、街の重要性は低下した。

右はイエス・キリストは神の言葉である: ドイツ連邦郵便発行のバルメン宣言 50周年記念切手 1984(画像をクリックすると拡大します)

地形は、市域を約 20kmにわたって流れるヴッパー渓谷が特徴的で、その急斜面はしばしば森林に覆われている。北と南の高原に位置する近隣地域は、ベルギッシュ・ランドの牧草地や森林と融合し、バーマーヴァルト、シャルペンアッケン、シュターツフォルスト・ブルグホルツなどの広大な緑地や森林地帯とともに、ブッパタールを「田園の中の大都市」にしています。また、「ドイツ工業化発祥の地」として、ヴィルヘルミアン時代の大規模な別荘地や住宅が多く、市域には約 4500件の指定建造物がある。

1901年から続く懸垂式モノレールのほか、国際的に有名なピナ・バウシュ・ダンスシアターやヴッパータール気候環境エネルギー研究所、動物園、歴史的ホール、ヴッパータール交響楽団、フォンデルハイト美術館、エンゲルスの家のある歴史センター、ワルトフリーデン彫刻公園、ドイツ最大の植物園であるブルクホルツ州立森など広大な公園や森林、ドイツ最大の教派の多様さで知られている大学都市である。

Historische Stadthalle am Johannisberg ソースはこちら

ブッパータールの有名なスポーツクラブには、かつてサッカー 1部リーグで UEFAカップに出場したヴッパータラー SVやハンドボール国内リーグのベルギッシャー HCがあり、その他のスポーツでもブンデスリーガのチームが国内外に多数のタイトルを獲得している。

さらに、ピナ・バウシュ(Pina Bausch)フリードリッヒ・バイヤー(Friedrich Bayer:医薬品メーカーのバイエルの創業者)ゲルハルト・ドマク(Gerhard Domagk)フリードリッヒ・エンゲルス(Friedrich Engels)ハンス・ディートリッヒ・ゲンシャー(Dietrich Genscher)エルゼ・ラスカー・シューラー(Else Lasker-Schüler)ヨハネス・ラウ(Johannes Rau)ハンス・ウォルフガング・シンガー(Hans-Wolfgang Singer)など、多くの著名人が生まれや仕事を通じてこの街に関係している。」・・・結構、大物を輩出していますね。


↑↑ 医薬品メーカー BAYER発祥の地です。現在の本社は Leverkusenにあります。

↓↓ ちょっと郊外を走ると「Raps」という菜種油をとる植物(日本ではセイヨウアブラナ)、日本の菜の花より濃い黄色の花をつけます。まあ、この「黄色い絨毯」この時期ドイツのいたるところで見られます。

★★ヴッパータール Wuppertal -3- に続きます

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