- 2023-1-27
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★★★ロスラウ Roßlau (Elbe) -4- からの続きです
駅の方角を目指して戻ります。あまり計画性は無いのですが、出来るだけ同じ道を通らないように・・・くらいは考えてます(笑)
マルクトの近くにある聖マリエン教会は、1316年にはすでに文書に記載されていた。この最初の教会は、1626年4月25日、Roßlauer Schanzeの戦いで焼失してしまった。教会長ニコラウス・ホッペは、プロテスタントの多くの国々で復興のための資金を集めた。1651年3月21日、ヨハン・フォン・アンハルト・ツェルブスト候から再建の許可が下りた。1655年から 1656年にかけて、この第二の教会の建設が行われることができた。建材は野原石で、尖塔は一部残っていた壁を利用して Fachwerk(半木造)であった。石工工事は石工の巨匠ゲオルグ・ストラスブルガーが、大工工事はツェルブストの大工ミヒャエル・ツィリガーが担当した。1656年、ツェルブストで塔時計が入手された。人口の増加に伴い、1753/1754年に祭壇が増設され、同時に側壁も高くされた。
19世紀には工業化が進み、人口が増加したため、教会はまたもや手狭になった。そこで、1849年5月に教会建築委員会が設立され、建築参事官のコンラッド・ヘングストに設計計画が依頼された。4つのバリエーションが検討され、最終的に新しい形が決定された。
その後、1851年から 1854年にかけて、コンラッド・ヘングストの設計により、ネオ・ゴシック様式のレンガ造りの現在のホール教会が建設された。建設は、石工の巨匠ハインリッヒ・シュミットが担当した。1851年9月15日、レオポルド・フリードリヒ候爵の立会いのもと、礎石が据えられた。新しい建物は、十字型のグランドプランで建てられた。身廊の西側には、高さ47mの細長い教会塔があり、四角い投影図をしている。塔の北と南には小さな別館がある。身廊は南北にそれぞれ3つの尖頭窓があり、その東側には翼廊が建っている。東側には身廊に引き込まれた聖壇があり、東側には5廊の端がある。聖歌隊は、はざま飾りのある尖ったアーチ型の5つの細い窓が特徴的である。
教会の内部は鏡のような丸天井で覆われている。祭壇の西側の壁には馬蹄形の回廊が伸びている。広々とした内部の調度品は、ほぼネオ・ゴシック様式で統一されている。1854年9月24日に落成式が行われ、建設期間中は、城内のホールで教会の礼拝が行われた。
1881年、ロスラウのゲブリュダー・ザクセンベルク社によって暖房設備が設置された。そのため、身廊の奥の壁に石炭室と暖房室が作られた。1907年には、ベルリンのマイヤー社製の低圧蒸気暖房装置に交換された。1897年には聖具室が追加された。1909年にデッサウの巨匠コルンが教会内部を描いた。 他の情報では描かれた時期は1920年代とされている 。
1992年/1993年に塗装をリニューアルした。2001年には、聴覚障害者のための誘導ループ付き送信システムを導入した。2004年11月・12月に身障者用トイレを設置し、2005年1月には車いすで入館できるエントランスを設置した。その後、教会の塔の改修工事が行われ、2007年春に完成した。
Hauptstrasseと Gross Marktstrasseの交わるあたりにパン屋(Bäckerei)Meilingがあります。ビールでも一杯やりたいところですが、ケーキで我慢します(笑)案外、両方いけるんです(爆) この店は家族経営のようですが、デッサウを中心にいくつか支店を出してチェーン展開しているようです。
居酒屋は閉まっていても、パン屋・ケーキ屋はあるんですよね。瓶ビールを置いている店もあります。サムネイルはクリックすると拡大しますが、いかにもドイツのケーキ(Torte)という感じですね。
知る人ぞ知る情報ですが・・・ドイツでは三角形に切り分けられたケーキの横腹にフォークを刺して運ばれてくることが殆どです。まあ、確かにこうすると安定して、運んでいる間に倒れてしまうリスクは大幅に減りますね。
ちなみにこのケーキ屋(パン屋)さんの隣は「Zum goldene Löwen」という居酒屋だったようですが・・・閉まってますね・・・ザンネン!
★★★ロスラウ Roßlau (Elbe) -6- に続きます