誰も知らないドイツの町 Unbekannte deutsche Städte(43):★★★ミンデン Minden -5-

★★★ミンデン Minden -4- からの続きです

Bäckerstraßeを突き当たって左に折れるとマルクト広場に出ます。ここもヴェーザールネサンス様式他、装飾的なファッハヴェルクハウスや煉瓦造りのゴシック(Backsteingotik)など様々な様式の建物群に囲まれた広場です。

↓↓ ミンデンの旧市庁舎:ミンデンの旧市庁舎は、1260年以来、市民議会が開かれ、後に行政府が置かれるようになった。そのポルティコ(Laubengang)は 13世紀に作られ、第二次世界大戦による破壊を免れた。市庁舎は、旧大聖堂を出たところにあるマルクト広場の、町の下のテラスに建っている。ミンデン市のモニュメントリストに登録されている。2010年 12月には、礎石の敷設から推定 750年を記念して、市庁舎で祝賀会が開催された。

Rathaus:Von Aeggy – Eigenes Werk, CC BY-SA 2.5, ソースはこちら

「1260年、ミンデンの町議会は、独自の代表的な建物を要求するほどまでに発展していた。そのため、「ノイエ・ヴェルク(新しい仕事)」と呼ばれる市庁舎を、市場広場の北側、大聖堂の広場のすぐ近くに建てさせたのである。この建物は、ミンデン司教に対する議会の権力を強調するもので、ポルティコと石造りの建物である。」

「市庁舎は、ヴェストファーレンに現存する最古のゴシック様式の市庁舎建築である。道路側1階のポルティコは、4ベイのリブ・ヴォールト式で構成されている。市場広場に面したアーケードの開口部は、中央の柱で仕切られ、それぞれ2つの尖ったアーチと大きなトラセリーサークルで覆われている。アーケードの出口は、尖ったアーチ型の開口部で形成されている。丸天井、大文字彫刻、アーケードのデザインは、キオストロ建築や同時期に建設されたミンデン大聖堂の新身廊建築の影響を受けている。」

「1659年から1662年にかけて大改造が行われ、市庁舎の中庭が増築され、1階にはルネサンス様式で建てられた大きな代表的な市庁舎ホールが設置された。この再建は18世紀初頭に時計塔が追加されることで補完された。」

「第二次世界大戦では、アーケードを除き、市庁舎は破壊された。戦後、市庁舎をどのような形で再建するかが議論され、最終的に建築家ヴェルナー・マルヒで合意し、初期ゴシックのアーケードを含む落ち着いた構造の新しいファサードが建設された。そのために必要な石材は、1952年に取り壊されたヤコブスベルクのビスマルク塔などから調達された。1978年、旧市庁舎の隣に建築家ハラルド・デイルマンによる新庁舎(行政庁舎)が建てられ、旧市庁舎とつながった。」(独語 Wikipediaより引用)

↓↓ 新市庁舎

Von Daniel Brockpähler – Eigenes Werk  Diese Aufnahme wurde mit einer Canon EOS 450D erstellt., CC BY-SA 3.0, ソースはこちら





★★★ミンデン Minden -6- に続きます

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