シュパーゲルの話(9)何故シュパーゲル? Spargelzeit -9- Warum Spargel?

シュパーゲルの話(8) Spargelzeit -8-からの続きです。

数回の連載で終わろうと思っていたこのシリーズですが、書き進めていくうちに新たな発見もあり、また facebookでの反響や、そこからの新たな気づきもあり、どんどん長くなっています。今回もその一環なのですが、私は情緒的・宗教的なパッションというのは必ず「経済的な裏付け」が有るものだと信じています。そこで今回はネットから、その事業規模・市場規模に関するデータを拾ってみました。

(出典はこちら)

これは「連邦農業情報センター」という公的機関のデータです。これによると「収穫量:約 130千トン、作付面積:約 22千ヘクタール、シュパーゲル農家数:約 1,600軒」という数字であることが分かります。ドイツの公的機関のデータなので、とんでもないフェイクデータは無いと信じます。ただ、大事なことは「それって一体どのくらいなの?」って、自分の分かるものに置き換えて感じることと思うのです。典型的なのは「CO2を 2,000トン削減しました」・・・うん、それってどのくらい凄いことなの?って分かり難いですよね?これではダメなんです。

まず「収穫量:約 130千トン」・・・これってどういうこと?先般ご報告したレストランでの「シュパーゲルメニュー」の価格ですが、250gで €9.9~14.5の間に分布していました。計算を簡単にするために、平均価格を €12.5/250g = €50.0/kgと仮定しましょう。末端価格は €50/kg(6,500円/kg)ということです・・・末端価格?覚醒剤か(笑)ま、そういう側面も否定できず(笑)

これが「約 130千トン」= 130 x 1000トン = 130 x 1,000 x 1,000 = 130,000,000 kgが年間収穫量になります、これに上記の「末端価格 €50/kgを掛けると・・・ €6,500,000,000になります。円換算すると 130円/€を掛けると 8,450,000,000,000円= 8.5兆円という計算となります。なんだ、その 8.5兆円って?分かり易くしようとして却って庶民感覚のスケールから離れてしまったか(笑)

例えばトヨタ自動車の年間売上高は約 27兆円です。シュパーゲルの「末端価格」での売上高は「旬の 2ヶ月で 8.5兆円= 51兆円/年」となります。要はドイツ全体で、2ヶ月であのトヨタ自動車が同じ 2ヶ月で達成する売上高の 2倍を達成してしまう・・・そういう感覚です!これって凄くないですか?しかもこれ「シュパーゲルの単品メニュー・・・一皿 250gだけの数字」です。これに付け合わせがプラスされ、フランケンやバーデンの辛口白ワインが上乗せされる、更にレストランに行く交通費や諸経費の付帯経費も創出される・・・これは凄い額になります。シュパーゲルだけの末端価格で 8.5兆円/2ヶ月という数字を上げましたが、付帯需要の経済効果を加えるとその2倍や3倍はあるでしょう。

追記:ただ、この計算は「全てがレストラン価格で市場に出回る」ということで、実際にはマルクトなどで購入し家庭で調理するものや、加工食品に回るものも有る訳です。正確を期すなら、それらの比率と単価から割り出した加重平均単価で計算すべきでしょうね。この辺りの比率に関する統計データをネットから探す余裕がないので「マルクト価格 €8/kg、家庭消費:レストラン=80:20」と仮定してみると (8 x 0.8 + 50 x 0.2) x 130,000,000 = 2,132,000,000 ≒ 2.8兆円となり、先の計算の約 1/3になります。まあそれにしても凄い額ですね。

というわけで、肌感覚として、日本の春の風物詩としての「筍」やサクランボ、タラの芽の天ぷらとはスケールが違う・・・数字で表現するとこういうことになります。日本の筍がトヨタ自動車に匹敵・それを上回る規模の流通量を、末端価格で実現しているとは思えません。冷し中華を以てしても太刀打ちはできないでしょう(笑)

次に作付面積・・・:約 22千ヘクタール・・・これってなんやねん?小学校で習いましたよね?1アールは 10 x 10 m、ヘクタールは 100 x 100 mの面積・・・ 1ヘクタールは 100 x 100 = 10,000 m2です。従って「22千ヘクタール」とは 22 x 1,000 x 10,000 m2 = 220,000,000 m2 = 220平方㎞ということになります。220の平方根を取ると約 15・・・要は「15km x 15kmの正方形の土地の面積」ということになります。貧乏人の我々にはやっぱり肌感覚はでは感じられないですよね(笑)

私が好きでない表現に「東京ドーム何個分」というのがあります!フン、球場に例えるならせめて甲子園にしろよな(違)。東京23区の面積が約 639km2ですから、その約 1/3がシュパーゲル畑ということですね(・・・まあ、所詮実感としてはワカラン(笑))

要は大事なことは・・・もはや、シュパーゲルは産業として巨大企業に匹敵する末端価格事業規模に成長してしまったということなのです。日本でトヨタ自動車が仮に倒産・消滅する?なんていう事態になるとどういうことになるか?想像するだけでゾっとしますよね?個々には小さなレストランではありますが、その集積としての経済規模たるや・・・そのくらいにインパクトがあるのです。

ということは・・・これを国民経済の中の農業経済に組み込んでしまったドイツとしては、もはや衰退させるわけにはいかない産業になっているわけです。工業分野においては、「衰退すべきものは勝手に衰退させる」と、極めてクールで合理的、そこに補助金を投入してゾンビ企業として生き残らせ雇用を確保する・・・なんて姑息なことをやらないのがドイツの政治です。そういう基本ポリシーは明確なドイツではありますが、巨大企業に匹敵するような農業のセクターを、競争原理・市場原理に任せて放置するかというと…そうではないだろうと思うのです。

また、詳しくは触れませんが、冒頭の地図によればシュパーゲル農家の数が「旧東独の各州の方が旧西独の各州と比べて『一桁』少ない」ことが分かります。旧東独出身の方によれば「シュパーゲルは市場で買うものではなく、庭で栽培するものだった」とのことです。まあ、いくばくかは生産農家というか LPG(農業公社)で生産していたとは思いますが、多分手のかかるシュパーゲルより、主食としてのジャガイモや小麦の生産が優先されたと思われますし、またその LPGは東西統一の過程で全滅してしまいました。というワケで、現在の旧東独各州のシュパーゲル農家は「東西統一後の経済復興策の一環として、補助金を投入しての振興事業であろう」と想像されるのです。例えばザクセンアンハルト州の Hohenseeden」の解説を読んでみると 150ヘクタールの農地で大規模に栽培されているとのことです。

ということで、この項の結論としては・・・純粋に文化的な理由や背景からシュパーゲルに熱狂するのに加えて、なんらかの産業保護的なパワーも働いで、人為的に創り出された熱狂・ブームもあるのではないか?・・・そんな風に思うのです。日本の農水省が「筍」をバズられようと補助金をつけるとは考えられないなかで・・・

シュパーゲルの話(10) Spargelzeit -10-に続きます・・・次回は何が何でもオチをつけるぞ!・・・多分ね(笑)

関連記事

ページ上部へ戻る