三十年前のドイツ(42):Erste Einreise in die DDR 初めての東独への入国 -3-

三十年前のドイツ(40):Erste Einreise in die DDR 初めての東独への入国 ー2-からの続きです。

いよいよ永年気になっていたドェーミッツに入ります。

ここからドェーミッツの市街(Geschlossene Ortschaft)の地名標識があります。これは東西ドイツで共通の形式のようです。Bezirkという東独独特の行政単位がみえます。日本語では通常「県」と訳されるようです

何故か Google Mapではラベ川(チェコ語)とありますが、ドイツ語ではエルベ川です。ドェーミッツはここに面した町ですが「函館五稜郭」と同様な形をしたかつての要塞があり、その横に形成された町なのです。左手に「国道 191号線」の修復された橋が確認できます

街に入ります。非常にきれいに維持されている西側のリューネブルクから来た眼からは建物の外観の傷みが気になります。Fachwerkhaus(木組みの家)である右側手前の建物は補修に着手されていますが、大半はまだボロボロのままです。街中の道路の舗装は日本のようなアスファルトではなく石畳が多いのは西側も同じですが、やはり補修に手が回っていないのかフラットではなく、車は揺れます。こういう町は三十年後(今)は、町は綺麗に補修されたのと引き換えるように人気(ひとけ)が無くなり活気を失います。この頃はまだ、貧しい町ながら道に人がそこそこ歩いています。

衣料品店です。ショーウィンドーに並べられているアイテムは少ないです

同じ店の 26年後(2016年 6月)です。アイテムは増えているように見えますが、なにより営業を続けていたということが嬉しいです。ただ一旦は補修したと思われるショーウィンドウの枠などは傷みが目立ちます。

最初の写真の左手の建物は雑貨・食料品屋のようです。中には案外モノが豊富ですがよく見ると西側のビールやアイテムが殆どです。西側に縁戚があるなどのルートかもしれません

映画館です。Lichtspielとクラッシックなドイツ語が使われています。上映されてるのは、左が「Der Magdalenenbaum」という 1989年の東独 DEFAの映画、右は Seiten Stechenという 1985年の西独のコメディです。KINO TREFFPUNKTとあるので市民の憩いの場であると思われます。

2016年 6月には建物の傷みも進行して、営業はしていない感じでした

階段は補修された跡があり最近までは営業していたのかな・・・

町の拡大地図です。それぞれの写真がどこでどの方向を向かって撮られたのかの参考に・・・

裏通りの Schuter Strasse です

Torstrasse(地図で「トール通り」と書いてあるあたりからヨハニス教会を見る

アイスクリーム屋でしょうか、子供に人気のようです

KONSUMというデパートです。東独には「HO(Handelsorganisation)」「K(食料品が主体の小売り」「KONSUM(デパート?)」など幾つかの流通組織がありましたが、いずれも東西統一後は西側のスーパーマーケットチェーンなどの進出で生き残れたものは僅かだったようです。ここはこの時点ではまだ営業しています。

このデパートの 2016年時点です。改装はされたようですが営業はしていませんでした。

家具コーナーです。西独の家具はどっしりと重いのですが、ここで売られていたのは軽いカラーボックスが主体でした。日本では割と当たり前にあるアレです(笑)

上から見下ろした地面階(Erdgeschoss)です。奥はロボトロンブランドなどのオーディア製品が並んでいますが、あまり客はいません

1階(日本でいう2階)の文房具・紙製品売り場です。ここは日用品売り場でそこそこ賑わっています。紙製品の紙質は・・・イマイチでした

2016年 6月に外から覗いたところです。残念ながら営業はしていませんでした。

三十年前のドイツ(43):Erste Einreise in die DDR 初めての東独への入国 ー4-に続きます。

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