誰も知らないドイツの町 Unbekannte deutsche Städte(53):★★★ゼンマァダァ Sömmerda -7-

★★★ゼンマァダァ Sömmerda -6- からの続きです

さて、残り少し、写真を撮り残したところを撮って駅に向かうことにします。左程大きな町ではないので大体のところは歩いたつもりになっていても、いざこれから駅に向かうという段になると、急にまだ歩いていない裏路地とかが気になるもんですね(笑)

Pfarrhaus

マルクト広場の北側、市立公園からほど近い場所に、1603年に建てられた旧 Amtshaus(行政事務所)があり、現在はプロテスタントの地方教区の牧師館となっている。この建物は、ゼンマァダァの町の中でも最も美しく、最も古いものの一つである。上階の堂々としたファッハヴェルク造りと、出窓を多用した急勾配の屋根が印象的である。

牧師館の状態が悪化したため、教区教会協議会は修理と建て替えを決定し 1929年に実施された。何世紀にもわたって、この町で最大の住宅建築とみなされていた。1993年以来、この堂々とした木造の家は、段階的に改装されてきた。現在では、住居、オフィス、教室、教区の部屋のほか、歴史的な図書館も入っている。(Thüringenの観光情報サイト

クリスティアン・ゴットヒルフ・ザルツマン(Christian Gotthilf Salzmann, 1744年6月1日 – 1811年10月31日[1])は、ドイツ福音派牧師教育学者。1784年、ゴータの近くにあるシュネプフェンタールドイツ語版という町に汎愛派英語版の学校を創立した。この学校での実践は当時、ヨハン・ハインリヒ・ペスタロッチの学校と並ぶほどの影響力を教育界にもたらしたとされる。(日本語 Wikipedia

教育者クリスチャン・ゴッティルフ・ザルツマン(Christian Gotthilf Salzmann)の生家であるザルツマンハウスは、大規模な改修を経て、2008年5月8日にゼンメルダ博物館の一部として使用されるようになった。改修にあたり、上階には2つのフラットが、地下には展示室と相談室が設けられた。

展示室には厳選された展示品が置かれ、中でもザルツマンによる自筆原稿(写本)、2006年の改装時に見つかった子供の靴(1850年頃)、19世紀の洗礼簿「Neues Kirchen Buch der christl. Gemeinde zu St. Bonifatii in Großen Sömmerda」に、キリスト教ゴッティルフ・ザルツマンが記載されていることがゼンマァダァ福音主義地域教区からの貸し出しとして展示されている。また、相談室は、ゼンマァダァ郷土史研究会などにも利用されている。(Thüringenの観光情報サイト

ちょっときれいにリノベーションされたドアだな・・・左手の郵便受けからは集合住宅のようですが、一階は洋菓子屋さん(Konditorei)のようです。飾り細工の看板がいいですね!

行きに見かけたファッハヴェルクハウスのレストランですが、やはり閉店したようです・・・残念・・・

これはその近くで営業しているレストランのメニューですが、このコーナーの熱心な読者の中には「Ossi-Steak」が気になる東独マニアは少なからずいるはず(笑)Googleで検索してもあまりいい情報にはヒットしないのですが・・・上の画像にもあるように「au four」というフランス語が何故か旧東独レシピに付いていて・・・まあ、日本語でカタカナを使うとなにやらハイカラに響くようなものではないかと想像・・・)「オーブンで焼く」という意味のようです。Ossi(Ossie)とはWessi(Wessie)と対を為す言葉で「旧東独人」を指しますが、旧西独人からはちょっと蔑視のニュアンスが含まれており・・・逆に旧東独人が使うと「自虐ネタ+ノスタルジー+独自文化に対する微かな誇り」が入り混じったニュアンスになります。

見つけたレシピには下記のように書いてあります。

「1. ステーキを叩き、塩・胡椒をする。両面をきつね色になるまで焼く。取り出して、味付けした肉をステーキの上に敷く。2. おろしチーズをかけ、180度のオーブンでキツネ色になるまで焼く。チップス、ウスターソース、レモンウェッジを添えて…..お召し上がりください」

ROBOTRON(ロボトロン)のことをまともに解説しようとすると、丸々一章を費やすことになりそうなので、日本語 Wikipediaから簡単に引用しておきます。

「VEB Kombinat Robotron(人民公社ロボトロン)は、旧東ドイツの人民公社(VEB)。パソコン、ミニコン、メインフレーム、各種周辺機器、ラジオやテレビなどを生産する、旧東ドイツ最大の電子機器製造集団(コンビナート)であった。ドレスデンに拠点を置き、1989年の時点で68,000人の雇用者を有していた。・・・ベルリンの壁崩壊後の1990年6月30日、国営コンビナートとしてのロボトロンは解体され、各製造部門は株式会社の形態に生まれ変わったが、1990年代にそれぞれシーメンス・ニックスドルフなどの会社に吸収されて消滅した。」

Sömmerdaの工場に関する情報はこちら

Gründerzeitの建築ですね

今日は、昼飯にサラダを Sondershausenで食べたあと何も食べずに歩き回ったので腹ペコです!駅まで来てしまうと他に選択肢もなさそうなのでジャンクフードに手を出してしまいました(笑)トルコ飯・・・安くていいんですが、ボリュームが半端ない(笑)

★★★ゼンマァダァ Sömmerda -8- に続きます

関連記事

ページ上部へ戻る