誰も知らないドイツの町 Unbekannte deutsche Städte(47):★★★ゾンダースハウゼン Sondrshausen -5-

★★★ゾンダースハウゼン Sondrshausen -4- からの続きです

旧市街(Altstadt)に入ります。月曜日の午後ですが人通りは少なく、ちょっと枯れた印象です。人口は約 2万人とのことですが、皆どこに居るんだろう?(笑)旧東独のこの規模の都市の旧市街は、概ね綺麗に修復されてはいますが、こういう活気に欠けるところが多い印象があります。侯国の首都だった時代はもっと活気があったのではないか・・・そんな気さえするのです。
↑↑ 画像はクリックすると拡大しますが、中央のやや右上にV字型をしたお城が見え、その左手(西側)には庭園が広がっています。中央の上方にマルクト広場が見えます。↓↓ マルクトを中心とした拡大画像です。口の字型の建物が見えます。その下右にあるのがラートハウスです。

↑↑ ↓↓ ラートハウス 「ゾンダースハウゼン市庁舎は、テューリンゲン自由州にあるゾンダースハウゼンの市庁舎と市長の所在地です。街の中心部にあるマーケット広場の東側、シュヴァルツブルク・ゾンダースハウゼン侯爵の住居跡の向かいにある建物です。現在の外観は、ベルリン出身のシンケルの弟子であるカール・シェピッグが1856年に実現した古典主義的な再建が基本的な特徴となっています。(独語 Wikipedia)

Di Michael Sander – Fotografia autoprodotta, CC BY-SA 3.0, ソースはこちら

↑↑ ↓↓ 「Alte Wache:テューリンゲン州ゾンダースハウゼンの市場広場にある旧警備隊庁舎は、シュヴァルツブルク・ゾンダースハウゼン公爵邸のテラス・アンサンブルの一部をなしています。大きな階段と城への車道の間に、シンケルの弟子として名高い建築家カール・シェッピッヒ(1803-85)が、1837年から1839年にかけて、曲線のテラスの前に建物を集中的に設計しました。この古典主義的なアンサンブルは、テューリンゲン州では最も重要なものとみなされている。」(独語 Wikipedia)

かつての宿は、1600年頃にすでに言及されている。18世紀には、宿の主人が郵便局長も兼ねていた。19世紀中頃、宿は閉鎖され、農業用外構を含め、いくつかの家族が住宅として使用していた。

1945年以降、この家はまず区の、後には町の行政庁舎としての機能を与えられた。1981年に北側妻面を改修し、1993年から94年にかけて全面改修を行った。

砂岩の門の上にある、葦に縁取られた白鳥を描いた同名の木製レリーフは、18世紀に作られ、1992年に修復された。

マルクト広場が見えるホテル「テューリンガー・ホフ」というホテルのレストランの外席でちょいと一休み。ここが一番いい眺めというのもありますが、左手にイタ飯屋っぽいのも有ったんですが、本日は営業していない様子。他の選択肢は「ドナーケバプ」とか「中華のテイクアウト」とか「パン屋・ケーキ屋」の類か・・・閉まっているか・・・

 
この動画はこの町の公式サイトから借用したものですが、マルクトが立つ日はそれなりに人がいるようです。そうでない日の午後3時頃って閑散としています。まあ、観光客が来る曜日でもないし・・・こんなものかなあ・・・

この町の人口は Schwarzburg-Sondershausen侯国が存在した 1599–1918年の間は約 300年余りかけて 2,000人から 8,000人くらいに増加し、第二次世界大戦後、旧東独時代に 25,000人くらいまで急増、統一後は微減し 20,000人強あたりに留まっています。経済の疲弊状況はさておき、旧東独時代やその前の侯国時代には、少なくとも「活気」はもっとあっのではないか?・・・そんな風に想像されるのです。

人口推移:ソースはこちら

★★★ゾンダースハウゼン Sondrshausen -6- に続きます

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