誰も知らないドイツの町 Unbekannte deutsche Städte(30):マクデブルク Magdeburg -8-

マクデブルク Magdeburg -7- からの続きです

満を持して、この町のシンボルである大聖堂、及びかつて存在した大司教区などについて調べてみます。ここまで書いてきたように、市街地は爆撃で壊滅的な被害を受けたところからの復興だったのでかつての街並みは失われましたが、大聖堂は破壊前の姿に復元された為、そこだけ「浮いた」存在となっています。建物としての規模は圧倒的で、これが大司教区の大聖堂として機能していた頃の栄光が偲ばれます。

Magdeburger Dom Luftbild.jpg<CC BY-SA 4.0, Link

独語Wikiediaによれば「マクデブルク大司教区 Erzbistum Magdeburg(968年から宗教改革まで)は、廃止された歴史的な司教区である。教区の領有権であるマクデブルク大司教区は、1648年にマクデブルク公国となり、1680年にはブランデンブルク選帝侯に従属することになった。

967年のラヴェンナのシノドス(宗教会議)で、皇帝オットー 1世は教皇ヨハネ 13世の同意を得て、マクデブルクを大司教区とした。この決定は、ハルバーシュタット司教区とマインツ大司教区の管轄に影響を与えた。オットーがシノドスの決定を実行できたのは、968年 2月にハルバーシュタットのベルンハルト司教、968年 3月にマインツのヴィルヘルム大司教が亡くなった後だった。

ハルバーシュタット教区の地域からマクデブルク大司教区が誕生した。大司教区の守護聖人は聖マウリティウス(モーリシャス、モーリッツ) Mauritius。隣接するブランデンブルク、ハーフェルベルグ、ツァイツ、メルセブルク、マイセンの各司教区は、大司教の権限下に置かれ、サフラガン(属司教区)となった。大司教は大きな教会管区のメトロポリタンとしての地位に加え、Primas Germaniae(プリマス・ゲルマニアエとは、もともと「ゲルマニア」、つまりドイツ全土の最も優れた司教(Primas)に与えられた称号)でもありました。中世におけるマクデブルクの重要性は、巨大なマクデブルク大聖堂が物語っている。

12世紀には、大司教たちもこの地に主権を確立した。1476年以降、大司教区はザクセンやブランデンブルクの影響下に置かれるようになった。1478年、マクデブルクの大司教エルンスト・フォン・ヴェッティンがハレの街を服従させた。そこには 1484年に建てられたモーリッツブルグがあり、1503年 5月にはそこに移り住んだ。モーリッツブルクは、マクデブルクの大司教たちのお気に入りの住居となった。

宗教改革では、大司教区の人口の大部分がルター派に改宗した。三十年戦争の最中になって、一時的にカトリックの大司教を迎えることになったが、大司教区内の人口を再びカトリック化することは考えられなかった。

1648年のウェストファリアの和約では、マクデブルク大司教の世俗的な所有物であるマクデブルク大司教区の領土が、世襲のマクデブルク公国としてブランデンブルク選帝侯に与えられた。この規定は、最後の管理者であるザクセン・ヴァイセンフェルス公爵アウグストが 1680年に死去した後に発効した。1994年に設立されたマクデブルク教区は、かつての大司教区の伝統を受け継いでいる」とあります。

独語Wikipediaの解説によれば「マクデブルク大聖堂(正式名称:Dom zu Magdeburg St.Mauritius und Katharina)は、ドイツ中央部のプロテスタント教会の地域司教の説教教会であり、プロテスタントの教区教会であり、また街のランドマークでもあります。

この大聖堂は、ドイツの地で建設された最初のゴシック様式の大聖堂であり、最も早く完成した大聖堂でもあります。1207年または1209年にマクデブルク大司教区の大聖堂として建設され、1363年に献堂されました。この大聖堂は、オットー大帝の埋葬教会です。

1944/1945年の連合軍によるマクデブルク空襲で大きな被害を受けた後、戦後に修復され、1955年に大聖堂が再開されました。この大聖堂は、ザクセン・アンハルト文化財団が所有しています。」とのことです。

↓↓ クリックするとスライドショーになります。教会の構造上、殆どが縦位置の写真です。

なお「大聖堂」と和訳されることの多いドーム(Dom)ですが、独語Wikipediaによれば「大聖堂(ラテン語のdomus「家」に由来)または大聖堂教会は、その大きさ、建築的・芸術的特徴、または特別な歴史的意義によって区別される教会です。上部ドイツ語 Oberdeutschでは、Münsterという言葉が同様の意味を持っています。多くの大聖堂がカテドラル Kathedraleとも呼ばれていますが、この言葉は同義ではなく、カトリックや正教会の司教座を務める教会のみがカテドラルと呼ばれます。」とのことです。

マクデブルク Magdeburg -9- に続きます

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