誰も知らないドイツの町 Unbekannte deutsche Städte(118)★★★ キューリッツ Kyritz -4-

★★★ キューリッツ Kyritz -3- からの続きです

キューリッツ(Kyritz)のマルクト広場にある「バッセヴィッツの泉(Bassewitzbrunnen)」です。市の創立770周年を記念して2007年に設置され、彫刻家ヤン・ヴィッテ=クロピウス(Jan Witte-Kropius)によって制作されました。中央の噴水と、その周囲に配置された3本の石柱(碑文とレリーフが刻まれたもの)で構成されており、キューリッツの伝説や町の重要な歴史が表現されています。各画像に写っている彫刻やレリーフの意味は以下の通りです。

1. 中央の噴水(伝説の再現):女性たちの像と地面の首 これはキリッツに伝わる「騎士バッセヴィッツの伝説」を表しています。かつて悪名高き強盗騎士バッセヴィッツが、秘密の地下道を通って町を襲撃しようとしました。しかし、それに気づいた勇敢なキューリッツの女性たちが、地下道の出口から現れた彼の頭に「熱々のハゲ粥(お粥)」を浴びせて退治したというお話です。器を持った3人の女性のブロンズ像から水が流れ落ち、少し離れた地面の石畳からは、お粥を浴びせられて降参したバッセヴィッツの「頭と肩」だけが突き出ています。

2. 石柱のレリーフ(キリッツの歴史):噴水の周りにある石柱には、それぞれ表と裏に計6枚のブロンズ製レリーフ(Bas-relief)がはめ込まれており、町の歴史における重要な要素が詩と共に綴られています。

    • 馬車と水車(1枚目)“Kyritz an der Knatter” キューリッツは、通称「キリッツ・アン・デア・クナッター(カタカタ鳴る川沿いのキューリッツ)」と呼ばれています。クナッター(Knatter)とは、かつて町にあった数多くの水車が立てていたカタカタという騒音に由来しており、旅人たちがその音に驚いたという逸話がレリーフと詩に描かれています。
    • 図書室の修道士(2枚目):フランシスコ会修道院かつてキリッツに存在したフランシスコ会修道院の様子です。学問や議論の中心地として有名だった歴史を伝えています。
    • 病人を看取る修道士(3枚目):慈善活動同じくフランシスコ会修道士たちが、町で病気の人や貧しい人々、弱い立場の人々を親身に世話し、神の慈悲を施していた福祉の歴史を表しています。
    • 機織り職人と仕立て屋(4枚目):ギルドの始まり中世キューリッツの発展を支えた職人たちです。特に「毛織物職人(Tuchmacher)」と「仕立て屋(Schneider)」は町で最初のギルド(組合)を形成し、ハンザ同盟への加盟など町の経済の基盤を作りました。
    • ビール樽と人々(5枚目)強力ビール「モルト・ウント・トートシュラーク」中世キリッツで醸造されていた非常に強い名物ビール(Starkbier)のレリーフです。その名も「謀殺と過失致死(Mord und Totschlag)」という恐ろしい名前で知られ、ハンザ都市全域で大人気でしたが、飲みすぎて激しい喧嘩に発展することも多かったことからこの名がついています。
    • 髭の男性と学校(6枚目):地理学者カール・ディールケ キューリッツのマルクト広場14番地(まさにこの広場に面した家)で生まれた、ドイツで最も有名な地理学者・地図制作者カール・ディールケ(Carl Diercke)へのオマージュです。ドイツの学校で一世紀以上にわたり使われ続けている、あの有名な地理の教科書・アトラス(Diercke Weltatlas)の生みの親です。

町のユニークな昔話から、中世の栄華、そして近世の偉人までがコンパクトに凝縮された、キリッツの歴史絵本のような素敵なモニュメントです。

最後の写真は街歩きを終えて戻ってきた夕景です(20:17のタイムスタンプ)

★★★ キューリッツ Kyritz -5- に続きます

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