誰も知らないドイツの町 Unbekannte deutsche Städte(120)★★★ ヴィットシュトック Wittstock -9-

★★★ヴィットシュトック Wittstock -8- からの続きです

お、ちょっと晴れ間が見えてきましたね!

それにしても立派な煉瓦造りの塔や城壁が残されています。この町は破壊的な戦災を免れたようです。凄くざっくり申して、ベルリンより東側、ソ連赤軍がベルリンに向かって進軍してくる通り道にあった都市はその時に、あるいは折角無傷でソ連軍に町を明け渡しても「報復意欲」に燃えた兵士達によって放火・破壊などを受けて大きなダメージを受けました。Wittostockはベルリンからそう離れているわけではありませんが、その点は幸運だったと思えます。Geminiによれば・・・

ドイツの都市ヴィットシュトック(正式名称:Wittstock/Dosse)は、第二次世界大戦において大規模な空襲や壊滅的な戦災を免れた都市として知られています。そのため、ドイツの多くの都市が戦後に再建を余儀なくされたのとは異なり、ヴィットシュトックには中世から残る赤レンガの城壁(全長約2.5km)や、歴史的な木組みの街並みがほぼ完璧な形で現存しています。ただし、歴史をさかのぼると、この地域は17世紀の「三十年戦争」において激甚な戦災を経験しています。ヴィッシュストックの戦災の歴史をまとめると以下の通りです。

1. 第二次世界大戦(1939年〜1945年)

戦災の状況: 連合国軍による大規模な爆撃対象にはならず、旧市街の歴史的建造物は破壊を免れました。

戦後の様子: 終戦直前にソ連軍に占領されましたが、街の大部分が残ったため、貴重な中世の景観がそのまま東ドイツ時代、そして現在へと引き継がれています。近郊には当時ドイツ空軍の飛行場(Alt Daber)などがあり、戦後はソ連軍の駐屯地として使われました。

2. 三十年戦争(1618年〜1648年)

戦災の状況: 1636年10月4日、街のすぐ郊外でヨーロッパの運命を決めたとされる歴史的な大戦闘「ヴィットシュトックの戦い」が勃発しました。

被害: スウェーデン軍と神聖ローマ帝国・ザクセン諸侯の連合軍が激突し、数千人の死者を出しました。数世紀を経た2007年には、当時の兵士たちの凄惨な傷跡が残る「集団墓地」が近郊から発掘され、世界的なニュースとなりました。

現在の施設: 街にそびえる中世の城(主教座城)の塔は、現在「三十年戦争博物館(Kreismuseen Alte Bischofsburg)」として整備され、当時の凄惨な戦争の歴史を伝えています。

このように、ヴィットシュトックは「第二次世界大戦の戦災を奇跡的に免れたおかげで、三十年戦争という大昔の戦災の記憶を今に伝える博物館や城壁がそのまま残っている町」と言えます。

折角晴れてきたのでちょっと町に戻ります。曇った陰鬱な天気の中で見る町って、やはり活力が無く沈んで見えてしまいます。折角町を紹介するならやはりちゃんと晴れた日に写真を撮らないと申し訳ないような気がするんですよね!

なんだ、ラートハウスまで戻ったらまた曇りだ(笑)それでもさっきよりはマシかな・・・

旧東独で勢力を伸ばしつつある新興政党「AfD:Alternative für Deutschland ドイツの為の選択肢」の貼り紙ですね。この町でも 2019年には無かった政党が 2024年には第一党となり 1/3の議席を獲得しています。

Partei / Wählergruppe Stimmenanteil
2019
Sitze
2019
Stimmenanteil
2024
Sitze
2024
AfD – – 29,9 % 7
CDU 26,0 % 6 24,1 % 5
Freie Wählergemeinschaft Prignitz-Ruppin 21,0 % 4 12,5 % 3
SPD 17,2 % 4 12,3 % 3
Die Linke 19,5 % 4 8,1 % 2
Wählergruppe des Kreisbauernverbandes Ostprignitz-Ruppin 9,0 % 2 6,2 % 1
Wählergruppe Ortsteile mit Zukunft – – 3,8 % 1
Bündnis 90/Die Grünen 4,0 % 1 1,9 % –
Der dritte Weg – – 1,3 % –
FDP 3,4 % 1 – –
Insgesamt 100 % 22 100 % 22

★★★ヴィットシュトック Wittstock -10- に続きます

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