- 2026-9-20
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★★★ヴィットシュトック Wittstock -3- からの続きです
聖マリア教会(St. Marien)です。この教会に関する主な歴史や特徴について解説します。
建築と歴史的背景
ゴシック様式の赤レンガ建築: 13世紀後半から14世紀にかけて建設が始まった、北ドイツを代表する「レンガ・ゴシック様式(Backsteingotik)」の美しい教会です。
巨大な塔(タワー): 画像の大部分を占める重厚なレンガ造りの塔は、高さが約68メートルあります。最上部にある特徴的な緑色のバロック様式のランタン(灯籠型の尖塔)とドームは、17世紀後半の火災の後に再建されたものです。
歴史の目撃者: 1636年の三十年戦争における重要な戦い「ヴィットシュトックの戦い」の際にも、この街と教会は歴史の舞台となりました。
画像に見られる特徴的な構造
空中回廊(渡り廊下): 画像左側に見える、レンガの建物の間を繋ぐ現代的なガラス張りの空中回廊が非常に印象的です。ここには可愛らしいイラストが描かれており、歴史的な景観と現代の建築デザインが融合したユニークな景観を作り出しています。
周辺の町並み: 教会の周囲には、旧東ドイツ時代の面影を残す古いレンガ造りの建物や細い路地が今も綺麗に保存されています。現在、この教会は地域の信仰の場であると同時に、塔の上からヴィットシュトックの美しい旧市街を一望できる人気の観光スポットにもなっています。
聖マリア教会(St. Marien)の内部は、中世後期から近代にいたる豊かな宗教美術が集結した見ごたえのある空間です。外観の力強いレンガ造りとは対照的に、内部は交差リブヴォールト(天井のアーチ状の骨組み)が美しい、3廊式の開放的な「ゴシック様式のホール教会」となっています。特に注目すべき5つの見どころを解説します。
1. 豪華な二重の「翼付き祭壇(Schnitzaltar)」
堂内最大の見どころは、主祭壇に鎮座する後期ゴシック様式の木彫りの祭壇です。
中央の彫刻: リューベックの著名な彫刻家クラウス・ベルク(Claus Berg)の手によるものとされ、「聖母マリアの戴冠」とそれを囲む聖人たちが極めて精巧に彫られています。
祭壇の翼(扉部分): 扉を開閉することで異なる絵が現れる構造で、ここには三位一体や聖人たちが描かれています。その様式は、ドイツ・ルネサンスの巨匠ルーカス・クラーナハの流派(クラーナハ学校)の影響を強く色濃く残しています。
2. 1608年製の高壇・説教壇(Kanzel)
ルネサンスからバロックへの過渡期(1608年)に作られた非常に美しい説教壇です。作者は不明ですが、彫られている使徒たちの緻密なレリーフや、説教壇を支えるように立つモーセの彫像の迫力は圧巻です。
3. 一本の木から彫られた「聖体拝領所(Sakramentsschrein)」
祭壇のすぐ脇には、後期ゴシック様式の貴重な聖体外箱(サクラメント・ハウス)が置かれています。この美術品は、なんと一本の木材から丸ごと削り出されて作られており、キリストの受難の具を持った天使たちの彫刻が刻まれています。
4. リュトケミュラー・オルガン(Lütkemüller-Orgel)
19世紀に活躍したこの地域の高名なオルガン製作者、フリードリヒ・ヘルマン・リュトケミュラー(Friedrich Hermann Lütkemüller)が手がけた歴史的なパイプオルガンです。重厚な音色を響かせるこのオルガンは現在も現役で、毎年5月〜10月のシーズンには定期的に素晴らしい教会コンサートが開催されています。
5. 放射光の聖母マリア像(Madonna im Strahlenkranz)と木彫りの洗礼盤
背後から太陽の光のような装飾が伸びる美しい「聖母マリア像(後光のマドナ)」や、バロック様式の温かみのある木彫りの洗礼盤なども、中世の雰囲気を今に伝えています。
ヴィットシュトックにあるこの教会の正式名称「Evangelische Stadtpfarrkirche St. Marien und St. Martin(福音主義市教区教会 聖マリアおよび聖マルティン)」と、通称である「Marienkirche(マリエン教会)」の関係は、教会の歴史における「守護聖人(パトロン)の追加と変遷」に由来しています。簡潔に言うと、「もともとは聖マルティンの教会だったが、のちに聖マリアが加わり、最終的にマリアの名の方が通称として定着した」という関係です。その歴史的な理由は以下の3つのステップに分けられます。
1. 始まりは「聖マルティン」の教会だった
13世紀にこの教会の建設が始まった当初、教会はツール(フランス)の聖マルティン(St. Martin)に捧げられていました。そのため、当時は「マルティン教会(Martinskirche)」という位置づけでした。
2. 「マリア崇拝」の広がりによる二重の守護(正式名称の誕生)
中世後期の1453年、ヨーロッパ全土で聖母マリアへの信仰(マリア崇拝)が急速に拡大しました。これに伴い、ヴィットシュトックの教会も新たに聖母マリア(St. Marien)を守護聖人として二重に戴くことになります。これにより、宗教的な正式名称が「聖マリアと聖マルティンの教会」という並びになりました。
3. なぜ「Marienkirche(マリア教会)」だけが通称になったのか?
聖母マリア信仰の圧倒的な人気: 中世末期において、聖母マリアはキリスト教の聖人の中で最も親しまれ、強力な守護者とみなされていました。そのため、人々の間で「マリアの教会」と呼ぶ方が自然と主流になっていきました。
街のランドマークとしての定着: ドイツの多くの旧市街では、中心部にある最も重要な市教会(Stadtkirche)にマリアの名を冠して「Marienkirche」と呼ぶ伝統があり、ヴィットシュトックでもその通称が定着しました。
St. Marien und St. Martin: 歴史的に登録されている2人の守護聖人です。
Marienkirche(通称): 人々に親しまれ、現在ヴィットシュトックの公式サイトなどでも広く使われている呼び名です。
キリスト教の古い教会では、このように歴史の中で守護聖人が増え、正式名称が長くなる一方で、親しみやすい一つの名前が通称になるケースがよく見られます。
★★★ヴィットシュトック Wittstock -5- に続きます











































