- 2026-9-5
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★★★プリッツヴァルク Pritzwalk -1- からの続きです
バスはこんな田舎道を走ります。直線で結んでいる道路は今は工事中なのか通行止めとなっていて少し迂回して Gumtow経由で約 36km、35分・・・バスなので小一時間かかります。
バスが到着するのは鉄道駅の前の広場です。結構立派な駅ですね!
プリッツヴァルク駅は、ブランデンブルク州の同名の町にある支線の結節点である。その施設は1945年、弾薬輸送列車の爆発により破壊され、その後再建された。1950年代初頭に建設された新しい駅舎は文化財に指定されており、1930年代末に建設された鉄道用給水塔、かつてのオストプリグニッツ郡鉄道の機関車庫、そして1945年の爆発事故の犠牲者を追悼する記念碑も同様に指定されている(独語 Wikipedia)
AI モードの会話: Pritzwalk Fordert : Erhalt RB73 und RB74, Durchbindung RE6というバナーを見かけました。解説してください
見かけたバナー「Pritzwalk fordert: Erhalt RB73 und RB74, Durchbindung RE6」は、ドイツ・ブランデンブルク州北西部のプリグニッツ地方にある都市、プリッツヴァルク(Pritzwalk)が、地域の足である鉄道(ローカル線)の維持と利便性向上を訴えている住民運動・政治的要望のインフラのスローガンです。ドイツ語のフレーズを分解して、その背景を詳しく解説します。
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- 1. スローガンの意味
- Pritzwalk fordert:(プリッツヴァルクは要求する)
Erhalt RB73 und RB74(RB73号線とRB74号線の維持)
Durchbindung RE6(RE6号線の直通運転(系統連続化))
- Pritzwalk fordert:(プリッツヴァルクは要求する)
- 2. 各路線の背景と要求の理由
- 1. スローガンの意味
① Erhalt RB73 und RB74(ローカル線の廃止・縮小危機からの防衛)
対象路線:RB73: プリッツヴァルク 〜 ノイシュタット(ドッセ)RB74: プリッツヴァルク 〜 メーエンブルク
何が起きているか: これらの路線は利用客が比較的少なく、常にブランデンブルク州政府による予算削減や路線廃止・運行縮小の議論(危機)に晒されています。地域住民や自治体にとっては「路線がなくなると、学生の通学や高齢者の移動手段が失われ、過疎化が加速する」という死活問題であるため、「存続(Erhalt)」を強く訴えています。
② Durchbindung RE6(主要路線への乗り入れ・利便性向上)
対象路線:RE6: 「プリグニッツ・エクスプレス(Prignitz-Express)」と呼ばれる快速列車。ヴィッテンベルゲからプリッツヴァルク、ノイルッピンを経由してベルリン市内(シャルロッテンブルク駅など)を結んでいます。
何が起きているか: 現在、一部の列車や運行計画において、ベルリンまで直通せず途中で乗り換えが必要になったり、ベルリン中心部へのアクセスが制限されたりする問題があります。また、将来的にはベルリンの健全な中央駅側( Gesundbrunnen駅など)へ直接、スムーズに乗り入れを拡大してほしいという「利便性の向上(=乗り換えなしでベルリンへ行けるようにすること)」を求めています。
3. まとめ
このバナーは、「田舎だからといって鉄道を廃止(RB73/74)するな!それどころか、首都ベルリンへもっと行きやすく(RE6直通)して、地域を活性化させろ!」という、プリッツヴァルク市や周辺住民による切実な地方インフラ維持の叫びを表したものです。ドイツの地方では、こうした交通権の維持を求める看板や横断幕が駅や街頭によく掲げられます
さて雑草がぼうぼうに生えた駅のヤードの向こう側に給水塔と思しき建物があります。よくあるのは煉瓦造りの台の上に鉄製の円筒形の給水タンクが乗っているものですが、これは全部が鉄筋コンクリート製で、窓が付いている感じから住居だった可能性もあります。AIに訊いてみました。
プリツヴァルク駅の給水塔(Wasserturm am Pritzwalker Bahnhof)について、その独特な建築様式と激動の歴史的背景を解説します。
1. 建築的な特徴
全面鉄筋コンクリート構造: 当時の給水塔としては珍しく、基礎から上部まで完全に鉄筋コンクリート(Stahlbeton)のみで建てられています。通常、同時期の塔はレンガ造りや鉄骨との混構造が一般的でした。
独特な階層設計(7階建ての住居構造):塔の最上部、切妻屋根(サドルルーフ)の直下に深さ5メートルに及ぶ巨大な貯水タンクが設置されています。その下にある1階から7階までのスペースは、かつて鉄道労働者たちの居住用アパート(Wohnturm)として使用されていました。水を保管するインフラと住居が一体化した非常にユニークな設計です。
2. 歴史的背景と戦争の爪痕
1930年代末の建設: 蒸気機関車へ水を大量供給するため、ドイツ国家鉄道(Deutsche Reichsbahn)のインフラとして建設されました。
1945年4月15日の駅爆破事件: 第二次世界大戦末期、プリツヴァルク駅に停まっていた弾薬列車が連合軍の空襲などにより大爆発を起こしました。この大爆破で駅周辺の多くの建物が吹き飛びましたが、この給水塔は強固な鉄筋コンクリート構造だったため倒壊を免れました。しかし、現在でも建物の外壁(ファサード)にはその時の爆風や破片による傷跡が生々しく残っています。
3. 現在の状況
1990年代以降の静寂: 鉄道の近代化(ディーゼル・電気化)に伴い給水塔としての役目を終え、1990年代からは完全な空き家(廃墟化)となっています。
文化財保護と街の未来: 歴史的な価値や戦争の記憶を伝える記念碑として建築文化財(Denkmalschutz)に指定されています。長年放置されていましたが、2020年にプリツヴァルク市がオークションでこの建物と敷地を買い取りました。現在は市が主導し、この歴史的遺産を今後どのように安全に保存・活用していくかの計画が進められています。コンクリートの無骨な外観の中に、鉄道の歴史と戦争の記憶がそのまま閉じ込められている稀有な近代建築です。





































