誰も知らないドイツの町 Unbekannte deutsche Städte(115)★★★ ギュストロウ Güstrow -1-

メクレンブルク=フォアポメルン州の ギュストロウ Güstrowをご紹介します。訪問したのは 2025年 5月 2日です。

ギュストロウ(Güstrow)は、人口約3万人を擁し、メクレンブルク=フォアポンメルン州で7番目に大きな都市であり、ロストック郡の郡庁所在地である。同市は、14の自治体が所属するギュストロウ=ランド行政区の所在地であるが、市自体は行政区に属さない。同市は州内の18の中核都市の一つであり、2006年からは彫刻家エルンスト・バルラッハにちなんで、正式に「バルラッハの街」という名称が付けられている。

歴史的な居城都市として知られるギュストロウは、その城、多くの貴重な建造物が残る保存状態の良い旧市街、そしてバルラッハ作の「浮遊する像」が飾られた大聖堂で知られている。1236年に設立されたギュストロウ大聖堂学校は、ドイツ語圏で最も古い学校の一つであり、1991年からは、メクレンブルク=フォアポンメルン州の行政・警察・司法専門大学の本拠地となっている(独語 Wikipedia)・・・という町です。

地図は前回ヴィスマールで使用したものを流用します。ロストックの南方でヴィスマールからも直線距離で 40km余りのところです。

実は私にとってはこの町を再訪するのにはある大きな目的がありました。今回の放浪の主要なテーマは旧東プロイセンの町を探訪することなのですが、その前に行っておきたかった最大の目的地がここギュストロウ(Güstrow)だったのです。何が見たかったのか?これは後でお見せします。それは北ヨーロッパ・・・私がテーマにしている煉瓦造りのゴシック(Backsteingotik)の建物・教会の中でもあともう一か所ポーランド(かつては東プロイセン)にあるだけという貴重なものなんです。

町は大戦の最末期に無血でソ連赤軍に引き渡されたので大規模な破壊を免れました。崩壊したのは主として東独時代の経済運営の失敗で補修用資材が潤沢に供給されなかったことに起因していますが、全般に古い建物は徳保存されています・・・というような街なのですが、日本人にとってはどれくらい知られているのでしょうか?取りあえず★★★としておきます。

Wappen Lage Data

独語 Wikipedia
Bad Doberan の公式サイト
Bad Doberan の観光サイト
Liste der Baudenkmale in Wismar

この町にも何度か来たことがありますが、1990年に初めて来たときの画像や動画をアップします。

ギュストロウ城です。一時は刑務所として使われていました。

ギュストロウ城の窓からの眺めです

当時の多くの東独の町と同様、町の中はまさしくこういう感じでした。経済運営の破綻から補修用資材が不足し、建物を覆っていた漆喰が剥がれ落ちてもそこをふさぐことができず、放置するとそこから水が入り建物の傷みを加速します。この写真ではあまり目立たないのですが、木製の窓枠も定期的にペンキを上塗りして補修しないと朽ちていきます。

そんななかで女の子が独り遊びをしています。なんともやるせない光景です。

マルクト広場です。こういうところは比較的綺麗に整備されています。

「資本家たちはバカだ!彼らは我々を失業させる!」・・・多くの庶民の気持ちを代弁するかのような落書きです。

★★★ ギュストロウ Güstrow -2- に続きます

関連記事

ページ上部へ戻る