第26回上海大判プリンタ展示会2018(3):参加者からのご質問(1)

今回、JETIC社の鷹尾社長とのコラボ企画として、10名弱の方々にガイドツアーを実施し好評を得ることが出来ました。参加者のお一人から事後にいくつかご質問を頂きました。インクジェット業界擦れしていない、フレッシュで素直な質問と感じましたので、ご本人のご了解を得て、ここに質問と私なりの見解をアップ致します。

1. 中国プリンターメーカー(またはインクメーカー)が海外へ進出する割合が少ないのはなぜでしょうか?(特に日本への輸出が非常に少ない理由は何でしょうか?)
2. HPが搭載しているLatexインクが広まらない理由は何でしょうか?(会場内を見た限り、Latexインクを搭載しているのはHPとKINGJETの2社くらいだったと記憶しております)。
3. EPSON(3200)やXaar(1201)の薄膜ヘッドの市場評価はいかがでしょうか?(薄膜ヘッドは低コストであるものの耐久性に課題があるような印象ですがいかがでしょうか?)。
4. 中国メーカーが新製品を開発する場合、PATなどは回避できているのでしょうか?
5. 大判プリンター市場の更なる拡大のために今後必要なことは何でしょうか?(例えば、UVインクの安全性を改善する or UVインクを低粘度化するなどできれば産業用途だけでなくコンシューマ分野にも展開可能なのではないかと考えています)。
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1. 中国プリンターメーカー(またはインクメーカー)が海外へ進出する割合が少ないのはなぜでしょうか?(特に日本への輸出が非常に少ない理由は何でしょうか?)

欧米日以外は中国プリンターがかなり浸透している

■ 中国だけで巨大な内需があるのは事実ですが、海外にも大いに進出しています。ただ、所謂欧米先進国や日本がその主な輸出先ではないため、一般の目からはあまり進出していないように感じられるかもしれません。

■ 主な輸出先は、インド・トルコ・中近東・旧ソ連諸国・東欧・中南米・アフリカなどです。遠目で見ると、結果として欧米日のプリンタメーカーと、中国メーカーでザックリと市場を棲み分けているように見えます。

■ エコソルベントインクというマイルドな溶剤インクがありますが、欧米日では(それまでのシクロヘキサノンなどを主溶剤とした臭気の強いインクに対して)、臭気の少ないエコロジカルなインクという意味で使われますが、インドでエコソルと言ったとき「エコノミカルソルベント=安い溶剤」と解釈されたことがあります(笑)。中国プリンターが流通する諸国・地域では一般に純性インクという概念も薄く、価格も安いのが特徴です。プリンタメーカーがインクをカートリッジに入れて、チップでプロテクトをかけて純性インクを売り、サード品を排除するのがスタンダードになっている欧米日とは様相が異なるのは今回ご覧になった通りです。

■ 大野が初めて上海展示会に出かけたのが2003年なので、記憶では2004年頃以降だったと思いますが、北米のサイン関係機材の展示会(=ワイドフォーマット機の展示会)SEGN EXPO にそれこそ雨後の筍のように中国プリンタメーカーが進出した時代がありました。FLORA・JHF・MyJET・INFINITY・SkyJET・YASELAN・TECKWIN あたりが軒を連ねてブースを出し、活況を呈していました。インクはトライアングル(赤い三角形がシンボルマークで、その後サカタインクスに買収され、インクス・デジタルとなる)などが有力なサードパーティでした。

■ この状況はしかし長くは続かず、中国プリンタメーカーは数年のうちに一旦ほぼ完全に北米展示会から姿を消します。欧州のFESPAも同様な状況だったと思います。

■ この背景は「中国メーカーが北米のディーラーを上手くサポートできなかった、未熟だったこと」が主因と想像されます。当時、コニカミノルタでヘッドを扱っていた私のところに、しばしばディーラーから「ヘッドを至急送って欲しい」という依頼が舞い込みました。部品メーカーが、納入先のセットメーカーを差し置いて、そのディーラーに直接スペアパーツを販売するというのは「禁じ手」なので勿論全てお断りしましたが、彼らの言い分は「中国メーカーに部品を注文しても届かないんだ!ヘッドだけじゃなくて他の部品も同じだ!」とのことでした。

■ 中には、ヘッドをメーカーから直接仕入れて、プリンタディーラー相手に商売をしようという輩が混じっていたのは事実ですが(こういう輩、日本に居ると俄かには信じがたいですが、実は結構います)、やはり当時の中国メーカーのディーラー対応が未熟だったことは否めないところでしょう。なおXAARは北米に販売拠点を持ち、中国メーカーのディーラー相手にスペアパーツ価格でヘッドを売っていました。中国メーカーの部品ロジスティックの未熟さを補って応分の利益を得たと解釈すれば、あながち責められない側面もあります。

XAAR XJ128(左)とXJ500(右)

■ また、当時の中国メーカーのプリンタはまだまだXAARのXJ128というヘッドを搭載したものが主流でした。当時コニカミノルタやセイコーなどはまだ存在せず、対抗馬はSPECTRA(現在の富士DIMATIXの前身)しかない状況でした。XAARは推定シェアで95%はあったと思われ、当時は「通貨のように流通する」とまで言われたものでした。

■ ただ、このヘッドは128ノズルしかないので、プリンタの速度を上げるには一色につきヘッドを複数使いする必要があります。出荷当初はいいのですが、ヘッドを交換した際に、きちんと位置合わせをしないと画質に影響します。時間が経って交換したヘッドが多くなるにつれ画質が劣化していく傾向がありました。このあたりも当時の中国メーカーのキャリッジ設計技術や、ディーラーのフィールドサポート要員の教育などに課題があったと考えられます。

■ 欧州ではまた別の要因があります。当時、ある欧州のプリンタメーカーの社長から大野がはっきりと聞いた話ですが「中国の溶剤インク機は、欧州委員会にVOC規制のロビー活動をやっても徹底的に排除してやる。欧州メーカーは一歩先を行ってVOCに関係のないUVインクプリンタにシフトする。」 中国プリンタ勃興の勢いを脅威を感じた欧州メーカーのホンネだったのでしょう。

■ その後、中国メーカーをターゲットにした規制が本当に導入されることはなかったと記憶していますが、やはり上述のサポート能力に難があり欧州でも一旦は自滅していきました。ディーラーなども離れていき、例外的な動きを除いてかなりに長い期間、欧米日では市場に広く深く浸透することは無かったのです。

■ ただ、北米のラスベガスやオルランドで開かれる展示会には中南米のディーラーが、欧州で開催されるFESPAやVISCOMなどの展示会には東欧やトルコ・中近東のディーラー達が多く訪れ、品質などが先進国程シビアでなかったそれら諸国には浸透していったものと思います。XAARは南米にもヘッド販売拠点を設置しました。

コニカミノルタ KM512(左)とセイコー SP510(右)

■ その後、中国メーカーの採用ヘッドはXAARのXJ128時代が終わり、コニカミノルタの512ノズルとセイコーインスツルメンツ(SII:現在のセイコープリンテック)の510ノズルの2強時代となりXAARは中国から文字通り「駆逐」されます。XJ128の4倍のノズル数があるため、同じ速度のプリンターを作る場合、XAAR128の1/4の搭載ヘッドですむ、逆に言えば、コニカやセイコーのヘッドでYMCKの4ヘッドで作ったプリンタと同等なプリンタとするにはXV128なら16個も必要になります。ヘッド交換進んだ場合、位置合わせ調整不足のリスクが大きいことは自明でしょう。

■ XAARもXJ500 という500ノズルヘッドを開発しましたが、インク漏れなどのトラブルが続き、コニカミノルタとセイコーの勢いを止めるには至りませんでした。

■ セイコーは大手の飛陽連合(フェイヤン連合:INFINITY・CHALLENGER・CRISTAL・ICONTECなどのブランド)に独占販売権を与えて市場を任せ、コニカミノルタはJHF・ALLWIN・FLORA・LIYU・REVOTECH・HUMAN・SKYAIR・YASELANなど中堅どころと個別顧客群を開拓していきました。

リクルート社の経営雑誌に掲載された記事から

■ この2社は技術スタッフを派遣し、顧客のプリンタの画質を向上させる支援をしました。コニカミノルタでは大野が通称「中国開拓団」と称する技術屋チームを編成し定期的に顧客を巡回指導したり、展示会では張り付きサポートをしました。またコニカミノルタはインク技術者も市場に派遣し、サードパーティとされるインクメーカーの品質向上も支援しました。少しでも顧客のプリンタの画質向上と安定稼働に資するように「推奨インク」を育てたのです。結果として中国プリンターの画質や安定性は大いに向上しました。

このあたりの経緯詳細の記事はここからダウンロード頂けます。

左から RICOHのGEN5、京セラのKJ4B、富士DIMATIXのSG1024 、EPSONのDX5

■ 更に、現在はUVインクに定評のあるリコーヘッドや欧州のテキスタイルプリンタで大きなシェアを獲得した京セラの多ノズルヘッド、欧州でセラミックプリンタ市場でのXAARの地位を脅かしつつある富士DIMATIXのSG1024なども参入し、中国プリンターの性能向上に貢献しています。また、ここまでの話で敢えて触れませんでしたが、EPSONの通称DX5という、安価なプリンタから剥ぎ取ったと思われるヘッドがグレーマーケットで大量に流通しています。これも簡単に使えるわりに画質も悪くなく、かつスペアパーツもどこででも手に入るので、零細メーカー群から大手までこれを使ってプリンタを大量に生産しています。

■ また中国のインクメーカーもいつまでも「安かろう、悪かろう」では留まっておらず、日本の高性能な機能性材料や樹脂、分散技術や処方技術などを取り入れて「安いが性能は欧米日品に引けをとらない」というレベルに近づきつつあります。更に、社内体制も整備してスペアパーツの供給体制や顧客のサービスマンの指導をするワークショップやショールームなども充実させつつあります。

■ 一度失った信頼を取り戻すのは容易なことではなく、また失われた10年の間に有力ディーラーは欧米日のプリンターメーカーとガッチリ組んでしまっていますが、それでも一部の有力中国メーカーは欧米に「再参入」するべく新規ディーラーのリクルートを進めています。


【以上、纏めますと】

■ 中国だけで巨大な内需があるのは事実ですが、海外にも大いに進出しています。ただ、所謂欧米先進国や日本がその主な輸出先ではないため、一般の目からはあまり進出していないように感じられるかもしれません。

■ 主な輸出先は、インド・トルコ・中近東・旧ソ連諸国・東欧・中南米・アフリカなどです。遠目で見ると、結果として欧米日のプリンタメーカーと、中国メーカーでザックリと市場を棲み分けているように見えます。

■ が、中国メーカーの画質は確実に・継続的に向上しており、欧米日先進国市場への再参入を試みているというのが現状というところです。

■ 「特に日本への輸出が非常に少ない理由は何でしょうか?」とのご質問も、概ね上記のストーリーに含まれます。日本の品質へのこだわりに、かつての中国メーカーはついていけなかったということだと思います。が、小規模な動きながら、最近日本でも品質の向上した中国品を引く動きもあり、現実に市場で稼働もしています。


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