歴史を語るということ

今回の “JIVM2020 Fall”では、私が産業インクジェットに関わり始めた 2000年前半、まだまだ黎明期の業界状況を語ってみたいと思います。いわば「歴史を語る」ということですが・・・この先の見通し(未来)を語る方がより有意義ではないのか?昔話をして今更何の意味があるんだ?・・・そんな疑問を持たれる向きもあるかも知れません。それを説明するには、ある研修の話をするのがわかり易いかと思います。

一言で申せば企業研修の一形態で、「チームのコミュニケーションを良くして一体感を醸成する」ことなどを目的としているものですが、この会社(RCE)はその手法を体系化し、いわば数学の公理・定理のような原則に基づいてプログラムを進めていくことに特徴があります。通常は「研修」と呼ぶところ、RCEにとってのそれはエンジニアリングであり、組立手順書に基づいて生産される「製品」であり、土日に社外施設で合宿することを「納品」と呼び、ファシリテーターをコミュニケーションエンジニア(CE)と呼ぶのです。

CEは「納品」に至るまでに事業メンバーを徹底的にインタビューし、そこの課題を洗い出し、それを解消するためのプログラムを定理に基づいて開発し・・・という綿密・緻密な作業を行います。私の事業の担当は下出さんという方でしたが、そのスキルはトンデモナイもので、一通りのインタビューが終わり彼の腑に落ちた段階では個々の事業メンバーの誰よりもその事業について熟知している・・・そんなレベルになっているのです。ふと「この人、社長の自分(大野)の代役で業界誌のインタビューを受けたり、講演したりできるよな、やってもらうかな」・・・なんて思ったりしたこともあるほどです。

さて、事業が立ち上がり時が経過すると、その中の構成員の人間関係や力関係は固定化し、なんとなく話し辛いヤツができたり、そこを避けて自分の思い込みだけで仕事を進めてしまったり・・・いろんな弊害が出てきますが、それをリフレッシュ・リセットする為に RCEの「納品物」は非常に有効です。が、もうひとつ、時の経過の中で新入社員が入って来たり、他部門からの転籍者が入って来たりします。彼らは当然のことながら創業期のことを知らずに事業に参加します。

私もそういう意味では途中参加組でしたが、実質的に事業を立ち上げたので準創業メンバーと言えるでしょう。そうではなく、事業が大きくなっていく過程で、あるいは他部門の事業が苦しくなっていく中でそこから受け入れた転籍者、他社からの転職者、そして新入社員・・・彼らは事業を立ち上げてからここまでの経緯・歴史を知らずに事業に加わります。謂わば「長編映画の最初の部分を見逃して、途中から映画館に入ってきた」・・・そんな状態と言えます。もちろんその後の展開を観て(自分も参画して)、見逃した前半を推測することはできます。RCEの CEはこの部分を実に効果的に追体験させてくれる・・・あたかも映画館に最初から座っていたような感覚を与えてくれるのです。

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まず、準創業メンバーで事業責任者の私に徹底的にヒストリーをインタビューします。そしてそれを咀嚼して、そこから幾つかの重要な分岐点・転換点・危機を抽出し、そこに至る経緯をストーリーに仕立てます。実際の「納品現場」では、そのストーリーを再現し、参加メンバーに「この分岐点で貴方が事業責任者だったらどうする?それは何故?」と問いかけ、参加者間でもディスカッションをさせます。この間、私は議論に参加できません。そして十分に議論が深まったところで漸く出番・・・「あの時は、こういう状況で、こういう選択肢があって、オレはこういう決断をした、何故なら・・・」という話をします。要は自分がその時点での事業責任者だったら?ということを追体験できるのです。それを幾つかの分岐点について時系列で追うと、あたかも自分も創業メンバーの一員、いや創業時からの事業責任者だったような感覚となり、「見逃した映画の前半部分」が観客であり主人公でもあるように腑に落ちる・・・そんな研修、いや納品物です(笑)

考えてみれば、こういう情報は社内に存在しているわけだし、なにより準創業メンバーで事業責任者の自分が居るのに何故外部のファシリテーターなのか?自分でやればもっと細かいことも知っているハズ・・・自分でやったらいいじゃないか?と考える向きもあるでしょう。が、そこは餅は餅屋・・・ポイントの抽出・重要度の判断・ストーリーに仕立てるスキルが必要だし、なにより既に固まった人間関係がある社内の自分ではなく、ニュートラルな社外・部外者だからできることってありますね。親が思春期の子供になにかアドバイスしても「フンッ!」てなもんですが、他の人からなら案外素直に受け容れるとか(笑)

で、本題なんですが・・・私も既に前職は退職しニュートラルな部外者となり、また私と同年代の往年のライバル達も既に引退・隠居したり第二の職場・定年間近のようなポジションにあります。RCEの CEのような見事なファシリテートは無理かもしれませんが、それでも黎明期に最前線で戦っていた将たちが、各々から見えていた世界を語り、また見えていなかったことを補完し合う・・・そしてそれを途中から映画館に入ってきた人たちに観て貰うことは、見逃した映画の出だし部分を追体験してもらうのに何らかの役に立つことと思います。そしてそうすることは、我々黎明期世代に課せられた義務ではなかろうかとさえ思うのです。

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