- 2018-3-3
- イベント参加報告
- 展示会、ハイムテキスタイル
壁紙から次の話題に移ろうと思っていましたが、もう一件、これだけはお伝えしておきたいことがあります
広大で、来場客で賑わう会場の一角、H4.2は異空間です。妙に静かで、話し声すらあまり聞こえてきません。これは、何をしているところかお判りでしょうか?
実は、デザインの原画を売っているところなのです。右側の3人、中央の人は無言で何十枚もある手描きの原画を一枚一枚めくっていきます。めくる速度は5~10秒に一枚という感じでしょうか。長過ぎもせず、短過ぎもせずという阿吽の呼吸があるようです。カウンターの手前の二人も無言でそれを見ています。途中で口を挟むことは稀で、一通り見終わるまでは静かに視線を走らせるだけです。
考えてみれば、私たちが日頃接している印刷・プリントは「情報伝達」という機能がメインであり、出かける展示会もその手段としての印刷機やプリンター、あるいは周辺機器や処理ソフトなどが並んでいるというのが通り相場で、コンテンツに踏み込むことは稀です。が、この展示会は情報伝達うんぬんではなく、インテリアを装飾する壁紙やホームテキスタイルの展示会であり、その「コンテンツ」としてのデザインの売買はその一部であり(コアかもしれません)、むしろ手段としての印刷装置に踏み込むことの方が稀な世界だったわけです。
何故なら、この世界の印刷装置は、永らくスクリーン印刷とグラビア印刷というこなれた技術で決まり切っていたからと思われます。この事情は包装資材展のインタパックも同じです。それが近年、デジタル印刷という新しいいプリント手段が登場し、それによって表現方法や産業の構造が変わるかもしれない(機器メーカーや、ネットビジネスサイドは変えたいと思っている)ということで、機器を紹介するフロアが新設された…そういう状況であると言えるでしょう。いずれにしてもメインは機器ではないのです。
オリジナルのデザインの原画は全て「手描き」です。あからさまにカメラを構えて写真を撮るのは憚られるので、あまり画像はありません。もちろん画像処理ソフトなどのコーナーはあります。しかし、広いH4.2のフロア全域に、小さな小間が軒を連ね、静かにデザインを売買している…その裏には、それだけ数多くのデザイナーが存在して産業を支えているということです。
少し違う分野ですが、どこにでもありそうな木目調の化粧合板や、オフィス空間の壁紙なども、単に木材をスキャンしてきてデータ化したのものではなく、そこに色調を整えたり、リピート印刷の際の継目処理をするデザイナーが関与します。また著作権などとっくに切れた17~18世紀のデザインとか江戸時代の着物のデザインなどを現代に復活させるというのもそういうデザインという行為の一部です。
ファッションの世界も同じで、世界的に有名なデザイナー以外に、名前も出てこないような膨大な数のデザイナーという職種に分類される人達がバックヤードで産業を支えている…このことは憶えておくべきことであろうと思います。
和服の日本人男性は京都の森林堂の森真琴さん(右)と水戸大志さん(左)。やはり京都の伝統デザインを世界の舞台に出していくという意味でここにブースを構えておられるようです。ほかにもいくつか日本のデザイン関係企業がブースを出していました。欧州では、ここの他にブラッセルでもデザイン原画を流通させる展示会があるようです。
またちょっと変わった視点ですが、デジタルテキスタイルで脚光を浴びている Spoonflower や、それに触発されたと思われる、あのアマゾンの Merch by Amazon 、あるいは日本国内では HappyFabric などがやっていることは、こういう物理的な現場でデザイナーとバイヤーが手描き原画を売買するデザインの流通ルートの他に、「ネットの上でデザイナーと最終需要者を直接結び付ける」という形態を提案しているという解釈ができるかと思います。
更には、デザイナーという職種に属さなくても、絵心のある素人がその才能を、ネットワークやデジタルという手法によって、プロのデザインの流通市場をバイパスして直接製品に表現するという手段を、与えている…そんな風に位置づけることも可能かと思います。
捺染の世界で、何故インクジェットの普及が一気に進まないのか?逆にセラミックタイルの業界では何故数年のうちにインクジェットが飽和点に達するまで進んだのか?これを読み解く鍵のひとつはこのあたりにありそうです。ここはまた別の機会に解説しますが、皆さんもご自分で考えてみてください。
日本メーカーの大方の発想は「版が無くなることによって、小ロットはデジタルが有利」などという技術的・経済的側面だけに凝り固まりがちで、プリントするべきデザインの供給ルートをどうするかということはまず発想に無いと思われますが、少なくとも上記のような構造は頭の片隅に置いておくべきだろうと思います。その為には会議室や役員室から出て、業界にもっと入り込んで自分のアタマとカラダで、そういうことを感じて頂くのが一番だろうと思う次第です。
【次回は壁紙以外のホームテキスタイルを紹介します】