エプソンの大研究(3)

エプソンの大研究(2)からの続きです

前章では最近(ここ 10年)エプソンが殆ど売上高を伸ばしていないことを見ました。しかしその一方で現金を 2,663億円も貯めこみ資本の部も 6.763億円にも膨らみ、自己資本比率も 2004年 33%、2014年 34%から、実に 54%にも「改善」している様子を見てきました。

それって本来なら将来の為の投資を行うとか、配当を増やすとか給与を上げるとか、従業員を初めとしたステークホルダーに還元すべきものではないのでしょうか?工場やヘッドの生産設備に投資したというニュースは聞こえて来ますが、この内部留保はそれをやって尚これだけ残っているんですからね!エプソンには会社の方向に対して、必要に応じてモノ申す組合ってないんですかね?

では最近のエプソンはどうなのさ?

小川さんの時代になってから売上高が急速に伸びたように見えていますが、下のドル円レートのグラフと比べてみて下さい

「コロナの期間に、オフィスのプリンターの需要が滞った一方で、在宅勤務が主流となりホームプリンターに特需が起きた」ことは事実ですが、それを上回って円安が進みました。すべてが国内需要(=輸出ゼロ)なら円建ての売上高のグラフは純増ですが、エプソンは当然輸出の比率も高いので、この「伸びたように見える」のは円安効果と見ていいと思います。早い話が「実質の売上高」は伸びてなどいないのです。

これは「円安状況での増収増益ってなんだよ、オイ!(笑)」というシリーズでも採り上げましたが、なにもエプソンだけに限らず業界全般に言えることです。「過去最高売上高」というマヤカシに騙されてはいけません。円・ドルの関係が安定していればいいのですが、これだけ派手に円安に転んだ局面では、そんな言葉は無意味です。

さて今日はエプソンの上半期決算発表日です。発表がある前に「例の件」について状況を整理しておきます。例の件?言わずもがなの「Fiery買収」の件です。

更に申せば、それに関して「エプソンが沈黙を貫いていること(の異常さ)」です。少なくとも株主には $591mil(発表時のレートで 845億円)もの投資をすることの意味と勝算をちゃんと説明するのが、責任ある上場企業の姿勢であるべきでしょう。

私はソフトウェア業界については素人なので、数多くのソフトウェア業界人に「これってどういうことなの?」と虚心坦懐に訊いてみました。その殆どが「???」「意味不明」という反応です。そもそも当事者のエプソンがなにもアナウンスしないので反応のしようもないというところでしょう。本件は広報案件ではなく、既に上場企業の危機管理案件になっているように思います。

右の写真は Toby Weissという Fieryの CEOです。

ドイツ語が分かる方にはピンとくると思いますが、Weiss=白・・・ユダヤ系の人物です。彼は実は先週日本に来ていました。既存顧客を巡回し「これまでの関係は何も変わることはない」と既存顧客に話していったそうです。まあ、当然ですね!既存顧客の動揺を抑えるのはサプライヤーとして当然のことです。でもそれは Fieryのポジションを固め自分を安泰にしている様に見えます。

まあ、しかし、彼も今回のディールで巨万の富を手にすることになるのですから、そのまま引退して、その後のことは知らないもんね・・・となっても不思議ではないと見る人もいます。

また、今回日本に来たんですからエプソンとも当然会っていると見るのが自然でしょう。誰と、何を話したんでしょうか?

既存の顧客とのビジネスは伸びるのか?

Fieryのビジネスは(Marco Boerによれば)「10社程度の顧客に限られている」とのこと。キヤノン・リコー・コニミノなどを初めとした大手トナー機製造メーカーのコントローラビジネスが主体です。高速な画像処理をウリとした Fieryのビジネスは一時は業界標準とか「Fieryを採用していなければ話にならない」くらいのステイタスを築きましたが、各社が自前のコントローラを開発するようになり頭打ちになっています。富士ゼロなどは既に完全に「脱 Fiery」となっています。

LANDA機に採用されたとか、小森コーポレーションに採用されたという話はありますが、膨大な MIFを持つ大手トナー機メーカー向けビジネスと比べればほぼ無視出来るレベルと想像します。IT Straregiesのデータによれば 2018年に「$238mil」(ここまでは上場していたので公開データ)だったようで、下のグラフで分かるように下降基調だったことから想像すると、ここから6年後の今は  $200milくらいでも不思議ではありません。

一言で纏めれば「$591milを払って売上高 $200程度の会社を連結対象にした」ということです。また、本件に関する「のれん」は潜在的には減損対象です。私の理解では日本式会計基準のように毎年償却するのではなく、IFRSでは償却せずに「価値が毀損された」と認識した時に一気に現存する・・・と思っていますが、Fieryの純資産が仮に売上高の半分とすると推定 $100mil・・・それを $591milで買ったのですから「のれん」は $491mil・・・今日のレート(163円/$)で換算すると約 800億円となります。もちろんこれは減損する必要が生じた場合にのみ表に出る話ですが・・・コニカミノルタの例もあるので一応書いておきます。

既存の顧客とのビジネスを据え置くなら、どこで投資回収をするのか?

単純な話ですが「投資というのは回収する必要がある」のです。$591milのキャッシュを払うならば、何年か後には $591milを回収する・・・それだけの現金が戻ってくる必要があるわけです。普通は投資することで利益が増えるので、それが回収の原資となります。回収期間は数年が標準とされています。回収などと言って意味が分からなければ大阪弁で「元は取れるんかい?」という単純な話です(笑)

既存顧客とのビジネスが $200milと仮定して、その利益率が 20%と仮定すると $40milで、$591milを $40milで割ると 15年となります。しかし既存ビジネスが先細りと想定するともっと長くなります。下手をすると回収できないかもしれません。要はエプソンとしては「Fieryの(先細りとはいえ)既存ビジネスを毀損しないような新規ビジネスを創る」しか、この回収をするすべはないということになります。で、それって具体的に何をするの?

新規ビジネスを創る・・・で、それって具体的に何をするの?

そう、具体的に考える必要があるのです。エプソンという会社はハードウェアを作るのには非常に長けている一方でソフトウェアには必ずしも強いわけではないかもしれない。そこに Fieryというソフトウェアに強いといわれる企業が買収可能として浮上してきた・・・で、買った(笑)いや、いいんですが、ソフトウェアなんて非常にブロードな概念で、そんな言葉遊びに酔ってはいけません(笑)もちろんエプソンにしても $591milも払う以上は、そんな言葉遊びではなく徹底的に精査したはずです。それを簡潔に株主に対して開示すればいいだけです。開示しないから「実は何も考えていないのでは?」とさえ思われるのです。(笑)

具体的・・・例えばテキスタイル分野は?Fieryが開発したテキスタイル用 RIPは兄弟会社 efiに評価されず、efiはスペインのテキスタイル専門の RIPメーカーの ideditを買収しました。一般に産業用プリントの世界にはニッチながら尖った専業ベンダーがおり、枚葉トナー機に強かった Fieryでも簡単には参入できないノウハウ(参入障壁)があるのです。セラミックにしても何にしても同様です。

商業印刷・パッケージ印刷?ここで小森コーポレーションは高速枚葉機 J-throne 29に Fieryの DFEを採用しました。高速なデータ処理を得意とする Fieryを採用するのは極めて妥当な判断だと思います・・・ということはエプソンは J-throneのような高速枚葉機には参入できないことになります。いや、してもいいのですが、そうすると小森はいやがりますよね?顧客が参入しているところに自ら参入するのは「タブー」ですからね!

実はエプソンはそのタブーをヘッドビジネスでやって来たのではないでしょうか?

ミマキやローランドや武藤にヘッドを配り、彼らがビジネス的に成功すると自らそこに参入してくる・・・少なくとも外部からはそう見えています。ミマキなどはエプソンが参入してこないだろう領域に先手先手で逃げていたように見えます。「この先産業用分野で、顧客が Fieryの DFEを採用している分野にはエプソンは参入しない」って言えるんですかね?約束できるんですかね?

$591milの投資は始まりに過ぎない

この先、Fieryがなにか新しいことをしようとすると、必ず資金需要が発生し、それをエプソンに要求してくると想像されます。それをエプソンは拒否することは出来ないと思われます。何故なら、それは Fieryの価値を毀損すること・Fieryがダメになっていくことと同義だからです。$591milも出して買った会社がダメにならないように・意味を持ち続けるために、継続しての資金投入が必要になります。これをエプソンの経営陣は分かっているのでしょうか?$591milは SIRISに行くのであって Fieryには残らないのですよ?

かつて hpが indigoを買収した際に $800mil(当時のレートで 800億円:今回のエプソンは 845億円!)を投じましたが、Indigoが今日のレベルになるまでに同額以上の追加投資をしたと聞き及びます。また富士フイルムが DIMATIXを(推定で)$246milで買収しましたが、設備を更新するのに同額以上をつぎ込んだのではないか?と想像しています。コニカミノルタがフランスのインテグレーター「MGI」を買収しましたが、追加投資はあったハズです。ブラザーが DOMINOを $1,800億円で買収しましたが、追加投資は無かったと思われますか?

エプソンはこのあたりを覚悟しているのでしょうかね?

ということで、本日の上期決算合評でエプソンが何を語ってくれるのか?あるいは語らないのか?メディアはどういう切り口で質問するのか?しないのか?

大谷翔平の試合がなくなってしまった今、最大の関心事ではあります(笑)

以上、エプソンの大研究はひとまず終わります・・・が、決算発表次第では続くかもしれません(笑)

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