テレワークで見えてきた「花見酒の経済」・・・的な仕事

落語に「花見酒」というのがあります。近世日本文学者・文学博士の棚橋正博氏によれば 「二人の男が、向島で花見客に酒を売ってひと儲(もう)けしようと、酒を入れた酒樽を運ぶ。その途中、片方の者が自分の所持金を相棒に払って酒を一杯やる。カネを渡された相棒が、今度はそのカネを払ってもう一杯、すると片方の者がまたそのカネを払ってもう一杯……。それを繰り返して、向島に着いた頃には酒樽の酒がなくなっていた。二人はすっかり酔っ払い、売上げは所持金だけだったという噺である。」

しかし、このツボは「「花見酒」は落語の演目というより、マクラとして演(や)られる小噺であるが、これが有名になったのは、笠信太郎(りゅうしんたろう) が「花見酒の経済」を唱えたためであろう。バブル経済というものの譬(たと)えによく使われる。」とのこと!



私も、いわゆるバブル経済などという言葉や社会現象がまだ無かった、会社に入った当時にこの本を読みましたが、要は「おカネがくるくる回って、繁栄しているように見えて、それは所詮同じところ(国内)でくるくる回っているだけで、外貨の獲得や実質的な富の増大に何も寄与していない。ある日それが止まってみると何も残っていない虚構だったことに気が付く」・・・そんなことかと思います。

閑話休題:最近、私のサイトやメルマガを読んで頂いている業界の比較的若手の方の何人かからメールを頂いて、それぞれ何度かやり取りしたのですが・・・こんなのがあります。(オリジナルのメールには社名や、時として人名が書いてありますがそこは秘匿します)

「最近、テレワークになって非常に快適です。組織での位置づけの不明確な上司(副XXXとか)からのファジーな指示で、何の役に立つのか分からない資料を作らされる地獄から解放され、本来業務に集中できています」

テレワークでオンライン会議をすると、誰が無駄な人だったのかがバレてしまいますね。役員と実務の我々の中間に居て、上の指示を下に投げ、下の資料を上に上げていただけの人というのがあぶり出しになっています」

テレワークに従来の会議体を持ち込むのは勘弁してほしいです!どうしてテレワークなのに部長会とか課長会とかやるんでしょう?大した付加価値を付けている様に思えません。働き方改革を進める担当の部長がこれだからウチの改革は絶望的です」・・・(笑)

あ~、なんだか凄くわかるなあ!(笑) 私が現役で事業部長の時、全従業員が登録されているメーリングリスト(IJ_ALLという名称)を作り、週報や出張報告をそこに投稿するということをやっていました。一次情報を皆で共有する・・・これ、基本ですよね?こんな基本ができていないケースが実に多い。情報が独り歩きするからとかなんとか・・・

そんな中で、一番ココロにヒットしたのは・・・「自宅からオンラインで社内会議をするたびに思うのですが・・・これって、売り上げを増やすことに一切貢献していませんよね?でも、次回までにこれこれこういう資料を作っておいてくれとか言われます。XXXXの分析資料とか、中期計画見直し資料のデータなどです。コロナで自宅待機以前なら当たり前にやっていたと思いますが・・・すご~く空しくなります。

その上司をハズしてオンライン呑み会やって同僚とガス抜きしたりしますが・・・オンライン呑み会は逆にその空しさも浮かび上がらせますね。リアル呑み会ならそれで連帯感強まったりとかあったような気がしますが、自宅で皆でアホ上司の悪口を言い合ったあと・・・ふと我に返ったとき、自分はいったい何なんだろう・・・と」

ここまで、私のココロに刺さる告白をして頂いたことには、ある意味感謝ですが・・・なぜかここで「花見酒の経済」を思い出してしまったのです。忙しく、賑やかに、仕事が一杯あるようで、それを担当に振り分けて、マネージャーごっこして、受ける方もそれで仕事した気になって、実は社外から売上高を獲得することに何の貢献もしていない・・・ふと気が付くと、何の意味も無いことに気が付いて愕然とする・・・

それって「花見酒の経済」的な仕事(もどき)ではないですか?オンライン会議で皆がそれに気が付き始めた今、ポストコロナで、まだそれを続けますか?

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