InPrint (Milan):産業用インクジェットに特化した展示会(2)リコー

これまでドイツのミュンヘンやハノーファーでの InPrintには出かけたことがありましたが、ミラノ開催のは初めてでした。次回、その印象などを書くつもりですが、ドイツ開催のとは違って、今一活気に乏しい感じは否めないところでした。3Dプリンタの様に、勝手に爆発して自己増殖しようとしている産業ではなく、主催者が火を点けようとしているのが、やや痛いところでしょうか?そんな中で、大野視点で注目の展示はリコーと富士フイルムでした。

【リコー】
同社が全社を挙げて産業用インクジェットに取り組んでいるのは非常に明快ですが、今回も広めのブースに保有する技術と製品を並べていました。InPrintという展示会の性格から、何を軸にアピールするかは少し戸惑いがあったように見えます。売り物が一つしかないと、それに注力すればいい(するしかない。サインの展示会なら大判機を出せばいい)のですが、リコーの様にいろいろ持っていると、今回のような展示会はやや悩ましいかもしれません。

元 AGFAのインクジェット事業部長だった Dominique Arnoldが RICOH UKに転職し、インクジェットの戦略企画を担当するとのこと。今は、いろいろなものが脈絡なくあるように見えるかもしれないが、それをうまく統合していくのが自分の仕事だとのこと。「前職ではできなかったことが、リコーでは全部やらせてもらえる」とモチベーションも高いようです。

今回注目だったのは、Project-Eと呼ばれるもの。Eは Embroidering(刺繍)の意味かと思われますが、白い刺繍糸をオンデマンドで染色し、刺繍の世界に革命をもたらす技術として繊維業界の注目を集めているものです。スエーデンの Coloreel社と組んで開発したもので、下記に YouTubeの動画を挙げておきます。

原理自体はシンプルで、コンパクトな筐体の中でインクジェットによる糸の染色と乾燥定着を行うというもの。それを刺繍機と合体させて、ソフトと組み合わせて自由なデザインの刺繍を実現するというものです。昨年、2017年のアムステルダムの WTINによるコンファレンスにスエーデンの Coloreelが出展していました。


従来方法では、複雑な色パターンの刺繍は、既に先染めした何十種類の糸で縫い付けるため、裏から見ると左上の写真の様になりますが、この方式では一本の糸をシームレスに染色するので糸を切る必要が無くスッキリしています。また何十種類の先染めした糸を用意する必要はなく、白糸のみで済みます。また従来方式では不可能だった柄も可能になります。

この案件は WTiN(World Textile Informaton Network)を含むヨーロッパの繊維関係の情報サイトでかなり大きく取り上げられています。

RICOH 森田執行役員インクジェット事業部長と Coloreel CEO Mattias Nordin氏

Coloreel社のサイト

こういう話を聞くと、多分直ぐに頭を回すのは「糸一本を染めるのにインクはどのくらい使うんだ?世界の刺繍糸の需要ってどのくらいなんだ?その10%をこれでやったとしてどのくらいの総インク消費量になるんだ?それって金額でいくらの話なんだ?プリンタは何台売れるんだ?世界の刺繍機の年間出荷台数って何台なんだ?その10%をこれに置き換えたとして何台だ?金額でいくらの話だ?で、リコーはその中のヘッドとインク供給系周辺のビジネスということは更にその内数?それって2兆円企業のリコーにどんなインパクトがあるんだ?」といようなことではないでしょうか?ほら、そこの経営企画部君、図星だろう!(笑)

一般に、メインの事業を確立している大企業で新規事業を起こすというと「まあ、目途として10%を目標に」とかよく言われます。1兆円企業なら1,000億円、2兆円企業のリコーなら2,000億円となります。従って、関係者は戦意喪失してしまうのです。が、先般 EFIの Guy Gecht氏のインタビュー記事にも書きましたが、あれだけ M&Aも含めて頑張ってインクジェット部門を成長させた EFIでさえ、1,000億円の売上高の内、インクジェットは約半分の500億円前後です。インクジェットは「ハードウェア」の規模だけ見ればまだそういう世界なのです。

この時点では、売上高の目標よりもインクジェットで出来ることをどんどん増やしていく、まずはそのフェーズではないでしょうか?下手な鉄砲でもいいじゃないですか、数を撃てば!大事なことはそれをサクサクやることです。社内手続きや旧来の商品化ステップを踏んでいたら全て手遅れになります。電子写真やフイルムを商品化する為に築き上げた商品化ステップなんて、このフェーズの産業用インクジェットには何の意味もありません。生産機のお客さんの要求品質を知らない品質保証部でさえ無意味です。

こういうのをいくつかサクサクと手掛けるうちに、チームに経験値が蓄積され、分野の違う案件でも本質は同じということを体で知ったチームが更にサクサクと案件を立ち上げることが出来るようになります。個別には小さな案件に見えても、今はまずアタマで規模計算をするより、まずはいくつも手掛けることだと思います。

そもそもメインの事業体と新規の事業体を同じ管理基準で統制するいというような愚を犯してはいけません。新規事業に対してメイン事業と同じような利益指標の設定や経費カットなどを求めてはなりません。ピークが見えてきたけどまだ稼ぎ頭のメイン事業(Milking Cow 状態)、そこにいる35歳以下の人員は直ちに新規事業や研究開発部門など「次に繋がるユニット」に移すべきです。何故なら、彼らが会社の中で幹部になる年齢に達した時には、今のメイン事業は無くなっている公算の方が高いからです。

人を異動した結果、メイン事業のみかけ収益は改善し、新規事業のほうは同じだけ悪くななりますが、会社としては同じです。同じならば、将来に意味のあるユニットにリソースを配置・集中するべきです。

くれぐれも、メイン事業と新規事業を、同じ会社に属しているからと言って同じ管理基準や同じ社内規定で扱ってはいけません。そもそも管理してはいけません。野放しにしましょう!(笑)

ちょっと、勢いに乗って書き過ぎましたかね、いちおう素面です(笑)外部から見ると、リコーはそのあたりが2兆円企業であるにも関わらず、一般的な大企業とちょっと違ったノリを感じます。体制も、インクジェットヘッドというキーデバイス事業と産業用インクジェットプリンタ事業が、インクジェット事業部という組織・森田事業部長という一人のポジションで完結しているのも、余分な社内調整を減らす意味で、このフェーズとしては理にかなっているように思えます。

次ステップとしてはやはり事業規模と収益を狙う・・・ヒントとしては既存のサプライチェーンの Dusruptionを狙うこと・・・データですべてが繋がるデジタルに於いては、そうでは無かった時代に構築されたレガシーとしてのサプライチェーンを壊して、乗り越えて、あるいは無視してそこを取り込んでいく・・・それが大きな方向ではないかと思うのです。それが私の描く「インクジェットで起こす産業革命」のビジョンです。これについては改めて書きます。

リコーの、2兆円企業としては小さな Project-Eに触発されて、随分夢が膨らみました(笑)

(長くなったので富士フイルムについては次回書きます)

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