InPrint (Milan):産業用インクジェットに特化した展示会(3)富士フイルム

ミラノ開催の InPrintで、大野視点でもうひとつの注目の展示は富士フイルムでした。同社の傘下にある Fujifilm Dimatixが開発し、富士フイルムの高速高精細インクジェット印刷機 JETPRESS720や独ハイデルベルクの PrimeFire106、オランダ SPG社のシングルパステキスタイル機 PIKEに搭載されている SAMBAヘッドユニットが今回のメイン展示でしたが、注目点はそれに加え、ノズル欠補正やムラ補正、ノズルキャッピングやインク供給など周辺のユニットを全て販売するということを打ち出した点です。

【富士フイルム】

SAMBAヘッド シングルパス用ユニット

インラインスキャナー

画像処理ユニット

簡単に言い切ってしまえば「ヘッドユニットで撃った画像をインラインスキャナーで読み取り、画像処理ソフト(専用ハード)で解析し、それをフィードバックしてノズル欠補正やムラ補正をかける」ということになります。が、実際には高速でのデータ処理とか補正のロジックとか、そこにまつわるパテントのクリアとか・・・かなり高度な技術の結晶ということになります。

そこには試行錯誤も含めて蓄積した経験値も反映されている筈で、自社で JETPRESS720のような高度なプリンタを開発・完成させたからこそ、その技術を切り出して外販ができるというものです。プリンタを開発したことが無いヘッド専業メーカーではちょっと難しいワザで、富士のヘッド子会社 Fujifilm Dimatixだけでは難しく、富士フイルムがあって初めて可能になった話でしょう。いやあ、そう来ましたか!(笑)

補正前:(意図的に作った)ノズル欠による白スジとヘッドの個性によるムラが見える

ノズル欠補正を入れてスジを消した

欠補正とムラ補正の両方を入れた

でも、SAMBAって「ここに至るまでに、一度ピエゾレベルから徹底的に見直して、極性も非常に均一なヘッドに進化した」という富士の技術屋さんによるプレゼンを聞いて感心したことがあったのですが、「それでもムラ補正が必要なのか?」とちょっと驚いた・・・なんてイジワルコメントはさておき・・・(笑)

シングルパスで欠補正やムラ補正を入れるのは決して特殊な話ではなく、私が前職で関与した商業印刷レベルのインクジェット印刷機 KM-1や、テキスタイル機の Nassenger SP-1にもその機能が搭載されています。

これは大野が 2015年のミラノ開催の ITMA(川上の繊維機械の大規模展示会)で Nassenger SP-1を発表した際のプレゼン資料(公開資料)の一部ですが「生産機はダウンタイムが致命傷!あらゆる技術を動員してダウンタイムを撲滅する!」というのが趣旨です。余談ですが、EFI/REGGIANIの BOLTの発表会でも「ダウンタイムを減らす」ことを訴求していたので、思わず「分かってるねぇ、君ぃ!」とニヤリとしたものです(笑)

ここで説明したのは「ノズル欠を検知したら、その両サイドのノズルから大きめの液滴を出射して白スジを両側から覆い隠す」という技術で、これによりヘッド交換の頻度を減らすことができることを訴求したものです。これには2つの意味があります。
★1:ヘッドを交換すると、交換時間そのものに加えて、位置合わせや濃度のキャリブレーションが必要で、それに関わる時間もダウンタイムとなる。これを減らせる。」、「★2:長期使用の中で、メンテしても回復しない永久欠ノズルが発生しても、多少ならばヘッド交換の必要が無い。即ち、実質的にヘッド寿命が延びたのと同じ効果となり、ユーザーにとって交換ヘッドを購入するコストの大幅削減となる。」というもので、この機能を搭載していない競合機との差別化を訴求しました。この2点については今も正しいと思っています。

さて、私は前職ではヘッドビジネスの責任者もやっていたわけですが、その際にこの技術をセットにして販売する・・・まさしく今回、富士フイルムが発表したのと同じことを考えたことがあります。特に★2は、プリンタユーザーのメリットのみではなく、ヘッド製造過程で収率落ちとなる「固定(永久)ノズル欠のあるヘッド(所謂B級品)も売ることができる、オイシイじゃん?」というスケベ心もありました(笑)

冗談のように書いていますが、インクジェットプリンタはシステムとしてパフォーマンスやロバスト性を発揮すればいいのであって、個々のデバイスやインク単体それぞれにのみパーフェクトを求める必要はないと考えています。いろいろな技術をオーバーラップさせて、システムとして成り立てばいいのです。

とはいえ、現在の後任がどのような判断をしているかは知りませんが、結局私の時代には、これを行いませんでした

理由としては「当時はまだ Nassenger SP-1や印刷機 KM-1をブラッシュアップする途上で、完成された技術として切り出して外販する段階では無かった」、「これを外販するということは顧客のプリンタ開発にかなり深入りしてコミットすることになるが、そういうリソースを割ける状況では無かった」、「そういうサポートを含めて、どういう価格を請求すればいいのか要検討」、「想定顧客が読めない」・・・などがありました。

富士フイルムの場合は 2008年に初代の JETPRESS720を DRUPAに展示して以来、10年が経過しているので、このあたりの課題はクリアしているものと想像します。ハイデルベルクの PrimeFire106にもこの技術を供与したと思われるので、そういう体制もできていると想像されます。

インク供給系

キャッピングユニット

ヘッドワイピングシステム

ヘッドの自動位置決め装置?

欠ノズル補正とムラ補正以外のユニットも並んでいます。ヘッドのキャッピング、ワイピング、インク供給系・・・あたりは分かりますが、ポジションアジャスターという名前でヘッドの精密な位置合わせを自動で行う装置(冶具?)も展示されており「おお、こんなものまで!至れり尽くせり!」と思いました。逆に、ここまで必要なのか!とちょっと驚きも・・・

これも前職で Nassenger SP-1のデビューのプレスコンファレンスで使用した公開資料の一部ですが、全ては「ダウンタイムの極少化のためにあらゆる技術を動員する」ということで軸を通し「ヘッド交換は、適当にやって下さい(笑)位置の補正とムラ補正はプリントされたテスト画像をカメラで読んでマシンサイドで(ソフト的に・電気的に)やっちゃいます!」としました。

もちろん 1,200dpiの SAMBAヘッドが狙うべき用途と、この当時の 720dpiで、かつ布メディア相手という用途では条件が違うので同列には論じられません。逆に今回の展示の想定対象顧客は JETPRESS720と同レベルの画質を求める相手なのだろうと想像されます。既に発表があるハイデルベルク以外で、それは誰なんだろう?そういえばSAMBAヘッドではないけれど EFI/REGGIANIの BOLTはどうしたんだろう?

最後に、これだけのハイレベルな技術を外販に出せるのは、試行錯誤の経験値の蓄積も含め、こういうレベルのプリンタを開発して安定稼働に持ち込んだ経験が無いと難しい、それが無いヘッド専業メーカーでは実質的に無理、Fuji Dimatexだけでは無理だろう・・・と先に書きました。

ということは、今後の販売体制は(少なくとも、この技術とセットでの販売は)経験値を持つ富士フイルムが主導権をとっていくということなんでしょうか?ポストゴーンの、ルノーと日産連合の主導権がどうとかいうニュース見ながら書いてますので、思わず主導権なんて言葉を使ってしまいましたが・・・(笑)

いずれにせよ、プリンタを開発する際に蓄積した技術を世の中にシェアするという動きは画期的で歓迎すべき動きだと考えます。これを搭載した、顧客のプリンタが登場してくるのを期待を持って見守りたいと思います。

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