大野私見:富士フイルムの「インクジェットの組込みサービス」

富士フイルムが「インクジェットの組込みサービス」(FUJIFILM Integrated Inkjet Solutions (フジフイルム インテグレーテッド インクジェット ソリューションズ、以下 FIIS)を開始するという発表をしました。これについての私見を書きます。日経新聞にも記事が掲載されていますが、特段のコメントはされていません。

★プレスリリース全文はこちら:FUJIFILM Integrated Inkjet Solutionsサービス提供開始

1.日本に於けるインテグレーションの状況

「日本はヘッドを作り、欧州がシステムで儲け、中国がフォローし、アメリカは買収する」(笑)・・・こんなジョークがあるくらい、産業用インクジェットの食物連鎖に於いては、日本はプランクトン状態です(笑)民生用に於いては、日本メーカーが完成品まで含めて健闘していますが、こと産業用に関してはお寒い現状があります。ヨーロッパには英国の IIJ社や、セラミックに特化したインテグレーター各社、広範な分野の産業用インクジェット機器を手掛けるイタリアの DURST社など、個別一品料理系から、標準プリントエンジンを用意して案件によってカスタマイズ、そして定型機の小規模量産系とその業態も多岐に亘って、その各々がいい仕事をしています。中国は更に(玉石混交ではありますが)数が多く全体としての勢いがあります。

日本に於いては、固有名詞を挙げれば新潟のトライテックや、熊本のプレシードなどがインテグレーターとしてちゃんとした実績を残しており、ハイテク分野では AIメカテック東レエンジニアリングなど、また駆動基板に関してもいくつかの企業が活躍していますが、それらの総和としての「インテグレーションビジネス」の規模は欧州や中国に遠く及びません。何故なんだ?

2.何がネックで日本の産業用インクジェットのインテグレーションがお寒い状態なのか?

よく言われるのは「日本(人・市場)は画質に厳しい」・・・そうですかね?日本の拘りは「既存印刷方法で得られる画質との差・違うということを受け入れないこと」ではないでしょうか?かつ、その判断は最終使用者(エンドユーザー)ではなく、中間の業者がやってませんか?海外事例では(一般論ではありますが)従来技法との差は差として受け入れた上で、インクジェット化して得られるメリットを、もっとフェアに受け入れている=結果として活性化している・・・ように見えます。月並みな言葉で申せば、海外の「加点法」的アプローチに対して、日本は例によって「減点法」・・・ここを抜けないとね~!

最も大きい問題は、インクジェットの「インテグレーション」は技術諸分野の総合力が要求され、舐めてかかると「チューニングの罠」に嵌り込み最後まで辿り着けず、途中で挫折してしまう・予算が尽きてしまう・やる気という最も大事なマインドの予算が尽きてしまうことだろうと思います。

更に、見逃せないのが、装置のユーザー・発注者が(超)大手企業の場合、中小零細のインテグレーターに「過大な責任と義務を負わせがち」ということも有ろうかと思います。現業部門とインテグレーターとが話をしているうちはいいのですが、いざ契約となると法務部門が「賠償責任などの強面の文言が並ぶ秘密保持契約や開発委託契約書をドラフトし」中小インテグレーターをビビらせます。

また、印刷にしてもモノ作りにしても、生産技術の開発ということになるので「本来、生産技術は門外不出でブラックボックスにするものだ!」という大企業の論理が先に立ち、インクやメディアを渡してくれないとか、渡すにしてもガチガチに縛ったりします。こんなことやってたらスピード感もクソもないやんか!・・・ということに大企業は気が付かない(笑)担当者は分かっていても、社内で法務と戦わない・・・ビジネスやってんのはアンタらでしょ、法務じゃなくて?(笑)

では、欧州や中国はいい加減なのか?そんなことはありません。ただ、インテグレーターサイドにもう少し主導権があり、大企業としても「成果を得るためには彼らをリスペクトする必要がある」ことが分かっているように思います。

また、富士フイルムを初め「インクジェットヘッドを持っている大企業」は、一般にチマチマした小さな事業提案は社内で認めて貰えないのが普通です。有限期間のうちに数百億円になるというシナリオが書けないと Goサインが出ません。ほら、思い当たるでしょ?(笑)

3.富士フイルムのインテグレーション参戦が意味するものとは?この状況を変えることができるのか?

上記の阻害要因の内、技術という側面では、少なくとも富士はあの「JetPress750」を自力で開発できた実績があり、その過程で膨大な失敗もしているハズであり、逆にその失敗経験から「何をやったら失敗するか?」という膨大な経験値を得たものと想像されます。これは私も前職で自ら体験したことなのでよくわかりますが、非常に大切な財産です。また、顧客との力関係で言えば、大方の相手とは対等な関係を結べるステイタスや交渉力はあると容易に想像できます。

では、企業としては超大手の富士フイルムがインテグレーションに本気で乗り出して来たら、もはや中小のインテグレーターの出番はないのか?嫌なヤツが出て来たもんだな~(笑)・・・いえいえ、そういうことはないのです。

確かにインクジェット技術では最高峰にあることは事実でしょうが、装置全体でみると意外に大事なのはメディアの搬送だったりします。事実、JetPressにしても、コニカミノルタの KM-1にしても、紙の搬送に関しては印刷機メーカーと組んだわけですね。リコーやエプソンにしてもスクリーンと組んだり・・・印刷機メーカーやスクリーンは中小零細ではありませんが、餅は餅屋ということで組むことは成功の近道・・・というか必須条件になるでしょう。

日本ではあまり知られていませんが、リコー英国が、欧州の壁紙印刷分野で実績のある「独 Olbrich」社のロール搬送機と、リコー英国が開発したプリントバーを組み合わせてインクジェット壁紙印刷で成功した事例もそれに類します。日本での開発に拘らず、市場に近いところで自由にやらせたのも英断だったと思いますね。

また、既存の中小のインテグレーターにとっては、富士フイルムを「傘」として活用できると考えます。大企業法務 vs 中小インテグレーターでは力負けしていたような案件でも、富士フイルムが前面に出ることでその問題はなくなり、その「傘の元で」富士ができない役割分担をすればいいと思うのです。その際、富士フイルムの専属となる必要はなく、組める局面で組めばいいのです。

あまりいい例えではないですが・・・「戦艦大和」を弾除けにして、駆逐艦や俊敏な高速魚雷艇などが艦隊を組めばいいのです。単独では達成できなかったことにブレークスルーを起こす可能性が大いに高まると考えます。(大和は最後に沈むじゃん?という突っ込みはナシです(笑))

4.富士フイルムの今回の試みは成功するか?

まずは、大企業富士フイルムが、こういう手の掛かる「チマチマ案件」に乗り出してきたこと自体に拍手を贈りたいと思います。以前から SambaJPCとして、JetPressに使われているユニットをインテグレーションするビジネスに乗り出していましたが、それを更に力を入れて推進するという姿勢は、産業全体にとって朗報だと思います。普通は小賢く様子見・見送るところ、これに乗り出してきたところに本気を感じます。

ただ、無条件に成功するか?そんなに世の中甘くはありません(笑)インテグレーションというのは泥臭いビジネスです。インクジェットの難しさなんてわかってもいないお客にイライラさせられる毎日です。いやお客だけならまだしも、往々にして「敵は身内に」います(笑)こういうことにはイニシャルで時間がかかるものです。が、それを覚悟したはずの経営陣からは「いつになったらちゃんと立ち上がるんだ?」という督促が(笑)管理部門や主流部門にいる同僚達からも冷たい視線が・・・あ、一般論というか、大野の特殊な体験談です(爆)

そんな中で「サクサク」動ける人材がいるのか?組織全体でそれが分かっているのか?優良一流企業にありがちな(これも一般論です(笑))「私、資料を作る人、実行するのは誰か他の人」的な人材ではコトは進みません。社長から小番さんまでなんでもこなす中小企業のオヤジさん的マインドと行動力を持ち、逆境にめげないで明るくリーダーシップを発揮できる人材がキーとなるでしょう。

更に言えば、単独行は苦難の道のりです。競合が居るということは決して不利な話(ばかり)では無く、むしろ同業者がいる方が「こういうビジネスが成り立つ」という事例を増やし、世間の認知をアップさせるのに貢献します。そういう意味では、富士フイルムを皮切りに、他のヘッドメーカーも、こういう分野に乗り出して、産業構造の変革を皆で牽引する・後押しする流れを作って頂きたいなと思う次第です。ということで、大企業にフォロワーが現れたとしたら、(皆で)成功する確率は大きく高くなることでしょう。

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