誰も知らないドイツの町 Unbekannte deutsche Städte(2):★★★ツィッタウ Zittau ーその5ー

レストランはチェコ料理や東欧系のが目立ちます。

上の写真は「コペイカ」というロシア料理屋ですが、私はチェコ料理屋(ボヘミア料理)に入って夕食です。牛肉のビール煮込みと付け合わせのクネードリキ・・・スープをよく吸ってくれます。ドイツのチェコ料理屋ではビールは定番の Pilsner Urquellや本家の Budweiserを出すところが多いですが、こちらはピルゼンのローカルブランド Prazdrojです。実はこのビールの輸出用のブランドが Pilsner Urquellと称されており、ここでは国内向けのブランドがそのまま使われています。それだけチェコと近く結びつきが強いということでしょう。このレストランの主人もチェコ人です。(ドイツ語の Wikiはこちら)。食後のシュナップスは「スリヴォヴィッツ」というチェコの蒸留酒です。ドイツではオプストラーといったところでしょうか。(ドイツ語の Wikiはこちら)。

Bündnis 90とは、ベルリンの壁が崩壊した後、まだ東独が国家として存続していた頃、政府に対して民主化の要求をし壁崩壊に重要な役割を果たした市民運動団体( Neue Forum, die Initiative Frieden und Menschenrechte (IFM) 及び Demokratie Jetzt)が、1990年 2月に立ち上げた連合で、その後 1991年 9月には政党となり、1993年 5月に「緑の党」と合体して今の名前になったものです。

朝ドレスデンを出発し、ゲルリッツ経由でツィッタウに来て、再びドレスデンに戻ります。ツィッタウの駅構内には「チェコとの国境検問所」が設置されていますが、チェコがシェンゲン協定に参加したので使われていません。

ゲルリッツほどの規模や観光スポットの数はありませんが、三国国境点というユニークな位置づけや、かつては六都市同盟のなかでも、ビール産業や織物産業やその取引などで特に裕福だったことから Die Reiche(ザ・リッチ)という特別な称号が与えられていました。それが七年戦争で大きな被害を受け、二十世紀に入っても第二次大戦後は社会主義体制になってさしたる投資もなされず、かつての繁栄の面影はなくなったようです。東西統一後もまだかなり廃墟化してリノベされずに放置された建物が残っていますが、ゲルリッツ同様にリバイバルを期待したいものです。

★  Zittau の項目終わります。

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