誰も知らないドイツの町 Unbekannte deutsche Städte(116)★★★ ビュッツォウ Bützow -2-

★★★ ビュッツォウ Bützow -1- からの続きです

ビュツォウの聖マリア、聖ヨハネス、聖エリザベス修道院教会は、メクレンブルク州ロストック郡のビュツォウ市にある。これは北ドイツのレンガゴシック様式の典型的な建築物であり、ヨーロッパ・レンガゴシック・ルートの一部を成している。

この市教会、あるいは修道院教会は、13世紀後半に、もともとシュヴェリーン司教の居城に付属するカレッジ教会として建設された。3身廊からなるホール教会で、多角形の聖歌隊席と高さ74メートルの塔を備えている。この教会区は、北ドイツ福音ルーテル教会のメクレンブルク教会管区にあるロストック教区に属している。

国家重要文化財

この聖堂教会は2007年に国家重要文化財に指定された。したがって、ビュッツォー教会はメクレンブルク=フォアポンメルン州の文化遺産の重要な一部を構成している。

この日は金曜で表示によると教会は開いているはずなんですが残念ながら閉まっていました。さほど大きな教会ではないのですが、それとは不釣り合いなくらい独語 Wikipediaにはしっかりした長い解説があります。関心のある方は是非お読みください。

1239年以来、ビュツォウはシュヴェリーン司教区の本拠地であった。新しい司教城は1252年から建設が開始され、後に城へと拡張された。大聖堂参事会はすでに1248年に設立されていた。独自の大聖堂の建設は、とりわけフリードリヒ2世・フォン・ビューロー司教の下で推進された・・・ということなので、今は人口 7,600人という小都市の一教会に過ぎませんが、由緒ある教会なんだろうと思います。

これはとても興味深い建物ですね。写真から読み取れる情報だけでも、Bützow旧市街の歴史が凝縮された一軒だと思います

まず目に付くのは、入口横の銘板です。「Erbaut 1717(1717年建築)」「Saniert 1998(1998年修復)」つまり、この建物は1716年の Bützow大火災の直後に建てられたものです。Bützowでは1716年に大火が発生し、市街地の大部分が焼失しました。その翌年1717年から本格的な復興が始まり、この家もその最初期の復興建築の一つということになります。

① 木組み(Fachwerk)が非常に典型的

この建物は典型的な**メクレンブルク地方の木組み住宅(Fachwerkhaus)**です。特徴として「柱と梁が非常に太い」「漆喰で白く塗られた壁」「柱を灰色に塗装」「豪華な玄関扉」が見られます。17世紀末~18世紀前半の復興住宅らしい落ち着いた造りですね。

② ドアだけが非常に豪華

一番印象的なのはこの玄関です。これは1717年の建築当初ではなく、18世紀中頃~後半(ロココ時代)に取り付けられた可能性が高そうです。特徴は「曲線主体」「左右対称」「渦巻き装飾」「花葉文様」完全にロココ様式です。当時、家そのものは質素でも「玄関だけ豪華にする」というのは北ドイツで非常に流行しました。

③ Oberlicht(欄間)が美しい

扉の上を見ると、鉄細工(Schmiedeeisen)による装飾があります。これは採光用の欄間で、昼間に玄関へ光を取り込む役目があります。北ドイツでは18世紀によく見られます。

④ 「Am Markt」

通り名を見るとAm Markt、つまり市場広場です。市場広場沿いの建物なので、元々は「商人」「手工業者」「パン屋」「布商」など比較的裕福な市民が住んでいた可能性があります。

⑤ Denkmal のプレート

左側の青い標識は「Denkmal」、つまり文化財指定建築を示しています。メクレンブルク州ではこのマークが付いている建物は保護対象です。

⑥ 1998年修復

1998という年も興味深いです。東ドイツ時代、多くの木組み住宅は十分な維持管理ができませんでした。統一後、EUや連邦政府の都市再生事業(Städtebauförderung)を利用して修復された建物が非常に多く、この家もその流れに乗ったものと思われます。Bützowでは1990年代以降、旧市街の歴史的建築物の修復が積極的に進められました。

この写真で私が一番好きなのは…実は木組みが完全に水平・垂直ではないことです。300年以上経っているため、柱が少し波打ち、梁がわずかに沈み、漆喰も微妙に歪んでいます。これが工業製品にはない「生きている建物」の味わいになっています。日本人には見逃されがちなポイント:この家は決して豪邸ではありません。

しかし、市場広場に面し、1716年の大火後に建てられ、ロココ時代に玄関を豪華に改装し、DDR時代を生き延び、1998年に修復され今なお普通の住宅として使われている・・・という300年以上の歴史の積み重ねそのものが価値なのです。

私は大野さんのBützowの写真を拝見していて「教会や市庁舎だけでなく、こうした普通の市民住宅にまで目を向けておられる」のがとても印象的です。実は、こうした何気ない一軒一軒を観察すると、その町が大火からどう復興したか、どの時代に繁栄したか、統一後にどう再生したかまで読み解けるので、旧東独の都市史を知る上では非常に価値のある記録になっています。

★★★ ビュッツォウ Bützow -3- に続きます

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