誰も知らないドイツの町 Unbekannte deutsche Städte(113)★★★ バード・ドベラーン Bad Doberan -2-

★★★ バード・ドベラーン Bad Doberan -1- からの続きです

駅から見ると旧市街は左斜め上、Münster(後で詳しく書きますが大きな教会)は右斜め上にあります。暫く線路に沿って Bahnhof Strasseを歩き、先に Münsterに行って帰りに旧市街 Altstadtに立ち寄ることにします。

駅をでて暫くは線路に沿って Bahnhof Strasseを歩きます。その後緩く右折して Münsterのある方角に向かいます。

Münsterのある一帯は広大な緑地になっており、修道院や関連の施設が点在しています。

Zisterzienser Kloster(ツィスターツィエンサー・クロスター)は、ドイツ語で「シトー会修道院」を意味します。シトー会は、11世紀末にフランスで誕生したカトリック教会の厳格な修道会です。シトー会修道院の特徴と歴史を簡単に解説します。

1. 誕生の歴史1098年、フランスのシトーに設立されました。当時主流だった修道院が裕福になりすぎていたことに反省し、「もっと貧しく、もっと厳格に祈りと労働に集中しよう」と始まった改革派の修道院です。

2. 修道院の3つの特徴祈りと労働: モットーは「祈り、働け」です。畑を耕し、自給自足の生活をしながら祈りを捧げる毎日を送ります。厳しい規則: 肉食を断ち、沈黙を守り、質素な服を着るなど、非常に厳しい生活ルールがありました。人里離れた場所: 誘惑のない静かな荒れ地や森の中に修道院を建てました。

3. 社会への貢献修道士たちは、荒れ地を開拓して農地にするプロフェッショナルでした。彼らがヨーロッパ各地(ドイツやオーストリアなど)に修道院を建てることで、その地域の農業、建築、ワイン造りなどの技術が大きく発展しました。

4. 日本とのつながり日本にも「トラピスト」や「トラピスチヌ」という名前で親しまれている修道院がありますが、これらはシトー会から分かれた「厳律シトー会」の修道院です。

ドーベラン大聖堂は、16世紀半ばまでシトー会のドーベラン修道院の教会であった。現在は、プロプステイロストックに属するバート・ドーベランの福音ルーテル教会教区の教会であり、北ドイツ福音ルーテル教会(ノルトキルヒェ)のメクレンブルク教区に属している。

この大聖堂は、ヨーロッパ・レンガゴシック街道沿いのバルト海地域における、重要な高ゴシック様式のレンガ造建築の一つである。内部には中世の装飾がそのまま残されており、主祭壇(1300年頃)、記念碑的なレットナー・十字架祭壇(1370年頃)、 聖歌隊席および修道士席(1280年以降)、聖杯用収納棚(1300年頃)、聖体棚用収納棚(1300年頃)、聖母マリアの燭台、ステンドグラス、そして数多くの公爵家の墓所と2つの王家の墓所が含まれている(独語 Wikipedia

さて、ここで気になって Geminiに質問していたことを続けます

Q:建築の特徴や生活に関して興味あります
シトー会修道院の建築と生活は、「徹底したシンプルさ」が共通の特徴です。神への祈りと労働に集中するため、すべての無駄が削ぎ落とされていました。
建築の3大特徴
シトー会は、当時の豪華できらびやかな教会建築(ゴシック様式など)を拒否し、独自の「シトー会様式」を生み出しました。
    • 装飾の禁止: 彫刻や絵画、ステンドグラスはありません。幾何学的な形と、石と光だけで空間を作りました。
    • 塔のない教会: 権力を誇示するような高い尖塔は建てず、小さな鐘楼だけを設置しました。
    • 優れた機能性: 祈りの場、寝室、食堂、作業場が、中庭を囲む四角い回廊で効率よく繋がっていました。

修道士の1日の生活
彼らの生活は、日の出前から夜まで分刻みのスケジュールで管理されていました。
    • 午前2時 起床: 夜明け前の最初の祈り(徹夜祷)から1日が始まります。
    • 1日7回の祈り: 数時間おきに聖堂に集まり、全員で祈りと賛美歌を捧げます。
    • 激しい肉体労働: 祈りの合間は、農業、開墾、石積み、写本などの労働に何時間も費やします。
    • 徹底した沈黙: 必要最低限の会話以外は禁止され、食事中も聖書の朗読を聞きながら無言で食べました。
    • 質素な食事: 肉食は一切禁止で、パン、野菜スープ、少量のワインやビールが基本でした。

Q:Bad Doberanの教会(Muenster)は修道院由来とされていますが尖塔はありますね。またステンドグラスもありますが?

非常によい点に気づかれましたね!お察しの通り、お送りいただいたお写真は北ドイツの誇る名建築「バート・ドーベラン修道院教会(Doberaner Münster)」です。

実は、この教会が「尖塔(屋根飾りの塔)」や「ステンドグラス」を持っていることには、シトー会の基本理念と、この修道院がたどった歴史的な例外ルールが関係しています。

1. 「尖塔」の正体:実はルール通りの「ダッハライター」

シトー会では、権力を誇示するような「地面から高くそびえ立つ重厚な石造りの大塔(西正門の塔など)」を建てることを厳しく禁じていました。

しかし、お写真の塔をよく見ると、地面から生えているのではなく、「屋根の交差する中心に、ちょこんと乗っかっている」のが分かります。これはドイツ語で「ダッハライター(Dachreiter / 屋根上の騎手)」と呼ばれる、屋根飾りの小鐘楼です。

  • シトー会の例外ルール: シトー会でも「修道士に時間を知らせるための小さな鐘」は必要不可欠でした。そのため、地面から建てる巨大な塔は禁止されましたが、屋根の上に軽量な木造(銅板葺きなど)の小塔を乗せることだけは許されていました
  • したがって、この尖塔はシトー会の「質素な小鐘楼」のルールを最大限に大きく、ゴシック様式に合わせて美しく発展させたものと言えます。
2. 「ステンドグラス」がある理由:領主の墓所としての特権

本来のシトー会であれば、色鮮やかな聖書の絵が描かれたステンドグラスは「祈りの邪魔になる」として禁止され、無色のグリザイユ(薄いグレーや透明の幾何学模様)ガラスしか許されませんでした。

それにもかかわらず、バート・ドーベランに豪華な内装やステンドグラスが残されているのは、ここが「地域の最高権力者の墓所(Grablege)」だったからです。
  • 領主からの莫大な寄進: この修道院は、地元の公爵(メクレンブルク家)によって設立され、一族の歴代の墓所として指定されました。
  • 華やかさの許容: 領主一族を祀るための「記念の窓(メモリアル・ウィンドウ)」や、彼らの権威を象徴する祭壇を設置するため、修道院側も例外的に豪華なステンドグラスや装飾を受け入れざるを得なかった(あるいは、中世後期に秩序が徐々に緩やかになり、許容されるようになった)という背景があります。
バート・ドーベラン修道院教会は、一見すると初期シトー会の「絶対的な清貧・質素」という理想からは外れているように見えます。しかし、それは13世紀〜14世紀の「ゴシック建築の技術的発展」「世俗の王侯貴族との結びつき」が融合した結果生まれた、中世後期のシトー会建築の最高傑作(北ドイツ・レンガ・ゴシックの真珠)だからなのです

 

★★★ バード・ドベラーン Bad Doberan -3- に続きます

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