- 2018-2-13
- イベント参加報告
- 展示会、ハイムテキスタイル
HP のラテックスインク機が壁紙にかなり使われているという話をよく聞きます。これと、壁紙メーカーは既存の設備での生産性や画質、更にはメディアの幅まで同じでないと受け容れないという話はどう整合するのでしょうか?
ちゃんと調べたわけではありませんが例えばこういう壁紙はインクジェット、おそらくは HP のラテックスインク機でプリントしたのではないかと想像されます。また下の動画は HP によるプロモーションビデオです。
ここに映っているのは Marcus Benesch というドイツ人のデザイナーで、イベントスペースや展示会ブースなど向けにデザインし、それをラテックス機でプリントする様子が描かれています。これは期間限定のイベントや展示会向けであり、恒久的施設としての住宅向けに大量に生産することを意図してはいません。その中間で半恒久的な施設として店舗やレストランなどの個別カスタマイズプリントなどはラテックス機のターゲットとして含まれるものと思います。
煎じ詰めれば「HP のラテックスインク機が壁紙用途にかなり普及している」というのは、こういう用途向けの話であって、既存の壁紙産業をいきなり disrupt するものではないと推察されます。むしろ既存の製造方法では存在しなかった仕事を創り出しているのであって、単純な置き換えではないということです。
現状のラテックス機はスキャンタイプで、その生産性(時間当たりのプリント平米)は限られており、それを何千台並べても、シングルパスの生産性には追い付きません。
単純な推計をしてみます。壁紙の年間生産量は、布への捺染の約1/10と言われています。(出展:IGI 世界壁紙工業会)すなわち、捺染 300億平米/年 x 10% = 30 億平米/年。ロータリースクリーンの 1ラインが仮置きで 1m/秒 をプリントし、基材の幅が 1.2m 、8時間/日 x 250日/年 生産すると仮定すると、1 x 3,600 x 1.2 x 8 x 250 = 7.2 百万平米/年 という計算になります。これで年間の生産量を割ってみると約400強…すなわち世界には壁紙生産ラインが約400ライン存在するという計算になります。
一方 HP のラテックス機の上位機種のプリント速度が 100平米/時間と仮定し、上記と同じだけ稼働したとすると 100 x 2,000 = 200,000 平米/年。これが1,000台世の中で稼働していて、その中で20%が壁紙をプリントしているとして 200,000 x 1,000 x 0.2 = 40,000,000 = 0.4 億平米 となり、30億平米の総生産量に対して約1.3%ということになります。この推計は HP に甘めに計算しているので、HPラテックス機の壁紙への浸透は、実際にはまだまだボリュームでは 1% には届いていないと考えられます。
但し、これはボリューム(平米)での話であり、金額ベースでみると、普及品や中国アジアの廉価品を含む世界の壁紙生産額・販売額と、デザイナーが絡んで高付加価値で売れるプリント壁紙プリントの生産額・販売額ではもう少し違った数字となるのでしょうが、その考察は別の機会に譲ることにします。
ひとつ言えることは「既存のビジネスの『置き換え』を狙うと、そこの基準に合わないと受け容れられないというハードルがあり、これまで無かったビジネスを創り出そうとすると、ゼロから認知を拡げ、市場を開拓していかなければならないというハードルがある。どちらのルートを行っても苦難の道である」ということ、これだけは確かなようです。
さて、保守本流の Hall4 を歩いていて、思わぬブースに出会いました。「KIKUCHI FUSUMA = 菊池襖 ?」、日本の会社のようです。
こちらは埼玉県草加市にある菊池襖紙工場という、YouTube によれば創業1924年の老舗の襖紙・壁紙の製造工場で、グラビア・フレキソ・ロータリースクリーンによる高速印刷や、それに手作業による付加価値を付ける作業によって、普及品から高級品まで、様々なバリエーションの襖紙・壁紙を生産しています。
同社のサイトにはまだ掲載準備中となっていますが、インクジェット機を導入して、オンデマンド・小ロット・高付加価値・短納期というニーズにも対応する構えとみられます。更に、ハイムテキスタイルにブースを持って、日本のデザインをベースに海外にも展開する、あるいは海外からの訪問客を相手にインバウンド需要の掘り起こしを狙うのでしょうか?古風な社名とは裏腹に、新しいチャレンジをしているようです。
【YouTubeから:ニッポン手仕事図鑑 × 菊池襖紙工場】襖紙・壁紙の製造現場の苦労話もあり興味深いです
下の写真は「アキレス」社の壁紙のオファーです。アキレスというと、小学校の頃に履いた運動靴を思い出す私は古いのでしょうか?(苦笑)実は非常に広範囲な事業展開をしているようです。
話はヨーロッパに戻り、これは有力な壁紙の材料供給メーカー「フェリックス・シェラー社:Felix Schoeller」のブースです。シェラーは銀塩写真産業全盛時代に、写真用紙の供給メーカーとして有力なポジションにありましたが、銀塩写真が衰退した後、様々な方面に多角化を図っており、その一つが壁紙です。前述のように、この業界は「紙」ではなく「不織布(フリース)」が主力になりつつあり、Technocell社を買収してその方面にも領域を拡大しつつあります。このブースにも Vlies (フリース)とあるように、主力は紙ではなく不織布です。
幾つかの製品系列があり、各々都市の名前がつけられています。STYline Hamburg : ドライトナー、ラテックス対応 ラインアップ130,150,180g、STYline NewYork : ラテックス、溶剤対応 ラインアップ150,170g,そして、今年ハイムテキスタイルでHPインディゴ対応’後述)のSTYline London が発表されました!後述しますが、HP Indigo が壁紙に進出しますが、Schoeller-Technocell の London という製品系列はいち早くそれに対応したものです。当然ですが製品化までにかなりのリードタイムがあったものと想像されます。
印刷システムの画質向上は、単にインクやトナーの改良だけではなく、プリントされる側のメディアの改良と二人三脚が必須です。このあたり、電子写真の世界では「普通紙乾式複写機」などと言われるように「普通紙という名の特殊紙」を製紙メーカーと共に作り上げてきたのは日本の電子写真メーカー群でした。産業用インクジェット(HP Indigo は湿式トナー)の世界では、海外メーカーの方が上手くメディア・基材メーカーと提携しているように見えます。
基材のメーカーは、この Schoeller Technocell 社の他、ヨーロッパには Sihl, Neschen, Neu Kaliss 等、いくつかの有力メーカーがあります。インクジェットで壁紙用途を検討するなら、こういうメーカーと繋がっておくことは必須でしょう。
Schoeller-Technocell サイトは・独語・英語・露語のみですが、同社の日本国内営業担当(日本女性:横須賀静華さん)はご紹介できます。ご本人の許可を得てメルアドにリンクを張っておきます
【次回は壁紙以外のホームテキスタイルを紹介します】