KORNIT PRESTO S:設置実機見学(2) 大野コメント

KORNIT PRESTO S:設置実機見学(1) 写真・動画速報からの続きです

大野コメント

【ガラパゴス日本での、国際感覚を持つ2つの<企業の必然的な出会い】

1.プリンターを購入したのは所謂「染工所」ではなく、生地問屋(コンバーター)の「debs」社。従来パターンは生地問屋と染工所は明確に分業しており、生地問屋が染工所に「メーターいくら」と賃加工で発注するのが一般的だった。製造・加工業と企画・販売・流通業では仕事の性格がかなり異なるので、分業するのが合理的であったと考えられる。繊維業だけでなく、一般の製造業の企業でも企画・営業部門と工場は組織を分けるのが一般的であると同様であろう。(ただ製造業でも、大企業はこれを更に「企画部門」と「販売会社」に分業することで、工場と販売会社の間に挟まれた本社企画部門が、ともすると機能不全に陥りがち・・・まあ、これに関しては今回のテーマではないのでまた別途(笑))

2.debs社は大阪に本社を置く生地問屋であるが、売上高の 95%を輸出しているとのこと。同社サイトの沿革欄をみると「1917年に創業者のエザット・デビスが(レバノンから)来日」とのことで、なんと 100年以上の歴史がある会社。外国人が日本で創業した会社で 100年続いたという事例は他には(あるかもしれないが)聞いたことはない。

現在の社長の Hani Debsさんは確か五代目と聞き及んでいるが、関西弁を喋るの好人物(笑)右の写真は昨年 KORNIT社が主催した「Sustainable Fashion Tokyo 2021」でプレゼンをする Haniさん。

3.debs社は生地問屋なので、捺染プリント物は染工所という製造業に発注している。それが自分で製造業に乗り出したら、染工所から反発されないのか?普通に考えれば分業の垣根を越える行為として歓迎はされない。しかしこの場合は問題は無い。なぜならこのマシンは「顔料」プリンターだから!ごく一部の例外を除いて「染工所」は染料を使ってプリントするから「染工」所なのであって、顔料プリントは扱わない。逆に顔料プリントをスクリーン印刷でやるのは(カーテンやベッドカバーなど)ホームテキスタイルと呼ばれるジャンルであり、ファッション・アパレルとは別世界である。要は染工所がそもそもやっていない顔料プリントなので軋轢は生じない。同様に、染工所が使う染料は伝統的に「反応・酸性・分散」で「昇華転写」も軋轢を生じない。むしろ先進的な染工所は自ら業容拡大・転換を目指して昇華転写を取り込む動きはある。

4.私が前職で関与していたナッセンジャーや、エプソンのモナリザ、あるいはイタリアメーカーのものなど「(反応・酸性・分散)染料インク・テキスタイルプリンター」は、従来のスクリーン捺染のスクリーン版の部分をインクジェット化したもので、プリント後に高温・高湿のチャンバーでの発色工程(蒸し)と、余分の染料や前処理剤を洗い流す洗濯工程(洗い)は必要である。インクジェット染料捺染の勃興期にイタリアで何故導入が進んだのか?大手染工所が小ロット化やデジタル化に備えた面もあるが、既に諸事情で廃業した中小零細の染工所を、インクジェットに目を付けたデザイナーやベンチャーが「居抜き」でそこに入り込んでインクジェット染工所として事業転換した事例も多い。これは高密度に染工所や人材が集積していたコモという土地柄に負うところが大きい。

5.debs社のような生地問屋(企画・販売・流通業者)が、インクジェットとはいえ、今から全く専門外の染料捺染に自ら乗り出すのは非常にハードルが高い。発色設備や洗濯設備への投資は(諸規制を考えても)論外だろうし、廃業した染工所を居抜きで引き受けるのも、そのオペレーションのノウハウは無いので実質的に無理であろう。ということで選択肢は「昇華転写」か「顔料」という、いずれも既存の染工所にあるような後処理工程が不要なものということとなる。昇華転写はプリンターが比較的安価で参入ハードルが低いため、既に多数のプリント業者が参入している。最初に手を染めたのは染工所ではなく、サイン業者などアパレルとは本来無縁の業者。その後、アパレル捺染業も業容転換・拡大のために導入が広がっている。

(↑↑ 再度マシンの周りを一周する動画(1:43)を見て頂きたい。プリンターと乾燥機だけで、染工所にある発色設備・洗濯設備・排水設備は見当たらない)

6.想像だが debs社は、今更「昇華転写」の one of themになるより、ゲームチェンジャーとしての顔料プリンターを選択したということではないか?ゲームをどうチェンジするのか・・・これまでの「生地問屋が染工所に発注する」というゲームから「生地問屋が自らプリントする」というゲームに!プリンターで完結して後加工などの付帯設備への投資が要らない・ポリエステルにしかプリントできない昇華転写と比べて(まだ未熟ではあるが)広範な種類の布にプリントが可能・既存の染工所は染料しか眼中にないので、そこと摩擦を起こすことが無い・・・等など、生地問屋が直接プリントという製造に乗り出す必要条件は揃っているように見える。

また、既存の染工所では染料プリントに熟達した「高い審美眼」があり、顔料プリントがそれに「まだ足りていない」点に目が行きがちなのに対し、非製造業からの参入ではそういう先入観はさておき、染料ではできなかったことが出来るという切り口からフェアにアプローチが可能なのかもしれない。立場上は染工所への「発注者」であり、本来は品質にダメ出しをする側にあるわけで・・・その生地問屋が顔料に踏み出したということは「これでも勝負出来る分野」が見えているのかもしれない。

7.これは世の中至る所で起こっている問題で・・・色合いや解像度などの品質ばかりでなく、納期や価格など「広義の品質要素」を総合的に勘案して「可・否」を決めるのは最終の購入者であるところ、中間業者の段階で一部の品質要素だけに拘って「否」としてしまうことが多い。かつで銀塩写真の末期にインクジェットプリント写真が勃興してきた時、銀塩写真サイドは「あんなものは写真ではない、何故ならこういう『深み』銀塩でしか出せない」と相手にしないうちに、メモリ価格の低下・常時接続のインフラ整備・PCやスマホやタブレットの性能向上・・・等などが日進月歩で進み、一般消費者は『深み』という品質より『圧倒的な利便性』という品質を選択して・・・銀塩は死んだ。他にも沢山事例は思いつくだろう。

8.もう一つ重要なこと・・・というか、最初に考察すべきこと・・・コストとプライス!既存の染工所がこの手の本格的な顔料プリンターに投資するとか考え難い。顔料を使う文化が無いことと、染料>顔料という先入観。また顔料インクは一般論として染料インクより高価で、風合いを担保するために柔軟剤も必要とする。発色設備・洗濯設備が不要とはいえ、それは既に保有している。結局、染工所が発注者(生地問屋)から貰っている加工賃では、顔料機に投資してそのランニングコストをカバーして利益を出していくというシナリオには無理があるだろう。

一方、生地問屋が顔料機に投資する場合、生地問屋のマージンは「プリントした布の販売価格ー{その製造(プリント)コ+布代}」で、これは、染工所に払っていた加工賃より明らかに大きい=余裕がある。言い換えれば、染工所と移転価格(布代+加工賃)を巡ってのせめぎあいをする必要が無い。これは別の項で別途解説したいところで・・・セラミックへのインクジェット印刷が数年前に何故爆発的に普及したかということに通じる。全部自分でやる場合、下手な分業するより、いろいろな要素がすべて自分の手の内でコントロールできて、無駄な駆け引きが減る。これは大きい!セラミックが一気にインクジェット化したのはここがキーだったのだから・・・

設備やノウハウが不要な顔料機が普及するのは、ひょっとしたらこのパターンしかないのではないか?価格決定権のない染工所ではなく、そこへの発注者としての生地問屋が、プリントコストや在庫廃棄リスクまで含む諸コスト要素をすべて手の内にしてマネージをする・・・

今回は、プリンターのマーケティングに際して「解像度や色域などというスペックを前面に出すのではなく、世界的なデザイナーを絡めてファッションショーをやる」イスラエル企業の KORNITと、「海外ルーツで、今も売上高の 95%は輸出という、日本に拠点を置きながらインターナショナルな視野を持つ debs」という2社が出会うべくして出会って、顔料プリント機が第一歩を踏み出したと見える。付け加えるならば、今回の枠組みに参加しているセルカムの安藤社長も「マルドメ」とは程遠い国際人・・・

今後、日本において顔料機が認知され、発展していくのか、そうでないのか・・・まずはこのプロジェクトが成功するかどうか、正に試金石であろう。インクジェットで産業革命、産業の構造改革を推進することに加担したい私としては大いに期待するところである。


9.debsがいかにインターナショナルなマインドを持っている企業とは言え、そもそもが生地問屋であるため、インクジェットプリント・顔料プリントの運用ノウハウを有しているわけではない。ということで、社内に専任部署を作り、TEXPOD(TEXTILE PRINT ON DEMAND)をブランド化して事業を推進し、生産のオペレーションは経験値のある「タムクリエーション」に委託するということになるようだ。それより、私の期待はコンバーターが「核」となってリーダーシップを発揮しようとしていることにある。

10.ちょっと話はそれるけれど(・・・ちゃんと回収しますからご心配なく(笑))、3月 25日にデジタルテキスタイル研究部会のオンライン講演会を聴講した。すべての講演が非常にレベルが高かったのだが、その中でもトップバッターの法政大学の岡本慶子先生の「最先端技術が日本の伝統に代わる時」という講演は出色だった。これには伏線があって・・・岡本先生が法政大学でオンライン講演された「キモノが伝統になるとき – 昭和の室町問屋と職人たち-」をベースとして、その延長線上に、今の我々がなにを考えて、なにをするべきか?・・・それを問いかけ提案する講演だった。

そこには、着物生地の生産・技能者としての職人と、どんな着物がウケるのか?どんな着物が売れるのか?をアンテナ高くして「顧客・市場」と「製造・職人」を繋いでリードした商品企画・マーケティング機能を担う「室町問屋・室町商人」の存在があった・・・現代において、それを担うのは誰なのか?それを問う講演であった。そう、それは販売会社に顧客との接点を分担させ、製造は工場に任せて、浮世離れしてしまった大企業の本社に残る「商品企画」とは対極にある「本来の商品企画」である。

debs社は生地問屋として、世の中のトレンドを捕まえ、あるいは先取りして生地を企画し、生産をアナログの枠組みで染工所に委託し、それを流通させていく機能を果たしてきた。ここで、自ら生産手段としての顔料インクジェット機を持った今、デジタル時代の「室町商人」になれるのか?ここが勝負どころかと思う次第である。

わかりますか?あのデジタルテキスタイル研究部会での岡本先生の講演を聴いていない人にはピンとこないかも・・・でも、その「室町商人」の在り様は、テキスタイルだけにとどまらず「商品企画とは何か?」に一般化できるくらい大事な話だった。これは4月の早い段階で、会員企業と個人を中心としたプレミアム・ウェビナーとして企画しようと思う次第である。

関連記事

ページ上部へ戻る