- 2018-6-2
- イベント参加報告
2018年5月25日(金曜日)南麻布のフランス大使館にて開催された、仏企業で繊維業界の裁断機の大手メーカーであるレクトラ(Lectra)社によるセミナー参加してきました。ファッション業界からの(おそらくデザイナーと思われる)アーティストっぽい女性の参加者も多く、オッサンとしてはやや「場違い感」もありましたが(苦笑)、これまでデジタルプリントやインクジェット捺染の視点からしか見えていなかった繊維業界をいわば真正面から見る機会となり、大変勉強になりました。以下、報告します。
在日フランス商工会議所による紹介はこちら。
創業者はかなりのステイタスの方のようです。
また、ちょっと「目から鱗」的な記事があります。ファッションって、自然発生的に生まれるというものではなく、あるプロセスに従って創り出されていくということ!「今年はピンクが流行り」なんていう色でさえ、流行の2年も前に「国際流行色委員会」という組織によって決められている…などという話!詳しくはここをお読みください。
他にもいろいろあります。皆さんも是非検索してみてください。
さて、このようなファッションが作られる背景をベースに、ここからが本番のレクトラ社のプレゼンとなります。同社資料によれば、2016年の連結売上高は2.6億ユーロ(130円/ユーロとして約340億円、社員数1,550人、ガーバー社(Gerber)と並ぶ裁断機の大手メーカーで、ファッション(繊維業界)・自動車業界・家具業界が主要な分野という感じです。(同社日本法人のサイトはこちら)
以下は本セミナーの配布資料(プレゼンスライド)ですが、特にコンフィデンシャルと記載されていないので、幾つかのキーとなるページをアップさせて頂きます。また当日は日本法人の田中社長・加島マネージャー他数名のプレゼンでしたが、下記のスライドは順番などを編集してあります。
さてここからが考察と発見なんですが…
1.繊維業界には「川上」「川中」「川下」という区分がありますが、レクトラのフィールドは所謂「川中」と呼ばれる部分で、我々に馴染みの深い一般的な製造業では「(ファイナル・)アセンブリ」に相当する部分が使用する「加工機(裁断機)」を中心とし、それをデジタル時代・ネットワーク時代に対応してPLMまでカバーして、時代の要請に応えていこうとしている…そんな風に見えます。
そういう意味では、「川上」=「布を作る工程」は取り敢えずはフォーカスの外にあると思われます。Made-to-measure のオーダーに対応して個別カスタマイズに対応するにしても「材料としての布」は常に潤沢な在庫(少なくとも品切れは無い」ということが前提にあるように見えます。
2.ちなみに、裁断機大手といわれるレクトラやガーバーのマシンのイメージは下の画像のようなものです。ロールで供給されてくる布を、フラットベッドに上に何重にも折り重ねて、それを型紙に合わせて一気に大量に裁断し、それを後工程の縫製工程に送る・・・こういう裁断機が世界で数千台稼働している訳で、これが地球の人口70億人の衣服の製造を支えているということです。
ミレニアム世代の指向を背景に made-to-order は年率50%の勢いで成長しているとはいうものの、それはまだまだ母数が小さいから起こる現象で、世の中のマジョリティはこういう大量生産によって供給された衣服でカバーされており、かつそれを made-to-measure に対応させようとしても、業界が「川上」と「川中」で断絶があり、「川中にできる範囲」で考えざるを得ない…そういうように見えます。川上の製造までを統合して、アパレル製造業を抜本的に変えるのはなかなか簡単ではないということでしょうか…
3.一方で「我々のデジタルテキスタイル陣営」(そんなもの、在るのか?(笑))は、HaimtextilやFESPAに見られるようなDTMF(Digital Textile Micrp Factory)の動きは「川上で行われる布への染色・プリントから、川中で行われる裁断から縫製まで」を分業ではなく、一気通貫でやってしまうことを目指しており、川上・川中の垣根を取り払う…というか最初から意識していない統合モデルと言えます。
これは、昇華転写あるいは顔料インクで、ヘビーな後処理をすることなく布にプリント・定着させ、それをすぐ後工程に設置されたカッティングマシンで個別ピースにカッティングし、そのままミシンによる縫製に持ち込むというもの。
更に、Amazonなどのネットインフラと組んで、オーダー・柄の選択肢の提供・ユーザーによる選択から、完成した製品の配送・課金そして、そのデータ蓄積とトレンド分析まで…すべてをデジタル化によって一気通貫で統合してしまうことにより、従来の「川上」「川中」「川下」に区分された繊維業界のビジネスを根底からディスラプトしようとする動きです。
4.ここでのツボは、インクジェットというデジタルプリント技術だけではなく、これをネットインフラに組み込んで全体を統合すること…即ち、従来の「川下」と呼ばれる部分をネットインフラで壮大に中抜きすることにより、そこにかかっていたコストを川中・川上に再配分するということです。
「スクリーン版が不要」とか「版では難しいグラデーションや自由なデザインが可能」というのはむしろ副次的な付加価値的な位置づけで、本質は「川下の中抜きによるコストの再配分」なのです。
川上のスクリーン印刷を置き換えるだけでは、結局「インクが高い」「普及させるためにはインクをもっと安く」という議論に流れてしまい、既存技術に対して非常に苦しい戦いになります。
5.ただ、繊維産業の全体像から見れば、プリントというのは「織物」や「無地染め」まで含んだ布全体の生産量の10%程度と言われており、その数パーセントがインクジェットだとしても、全体の中に占める割合は、まだコンマ以下のパーセンテージということになります。一方レクトラが関与している裁断機は、その全体像(プリント柄・無地染め・織物)即ち繊維産業全てを相手にしています。
ネットビジネスが従来のビジネスを壊していくさまは最近よく報道されが最早抗いようのない現実ですが、そこにデジタルプリントが寄与している部分はまだまだ小さいというのが実情で、従来の「川上・川中分離モデル」と、デジタルプリントによる「川上・川中統合モデル」は、まだまだ火花の散る戦いにはなっていない段階と考えられます。
6.当面はそれぞれが独自に発展していくとして、いずれの将来どこかで出会う時は来るのでしょうか?そのキーはデジタルプリントの高速化・高生産性化にあろうかと考えます。
デジタル化による川下と川中の統合は比較的考えやすいですが、上流の川上まで(とはいえ、織物は除く。無地染めはいずれインクジェットが目指すべき分野)統合しようとするとデジタルプリントも、それに統合されるに見合う生産性が必要でしょう。
現状での昇華速度方式の速度で考えると、むしろ分散させてマイクロファクトリーを数多く建てる方が理にかなっているように見えますが、これが高速化されていけば、レクトラのような既存繊維産業を支えているプレーヤーの「川上・川中統合モデル」に、川上も取り込まれる条件が整い、業界が大きく変わるフェーズになるのではないでしょうか?
7.余談ですが…というか、実は結構大事なことだと思っているのですが、繊維機械の展示会も「川上」「川中」で分かれているようで、川上はITMA・ITMAアジア・上海TEX・ITMなど、「川中」はTexprocessやミシンショーの類と、互いに領分を犯しあっていないように見えます。
そしてインクジェットによるデジタルプリントは川上系の繊維機械の展示会に出展することが多いようです。が、これは自ら「既存スクリーンの置換え」を提案しているようなものかもしれません。かといって「川中」の展示会でも、既存のビジネスに取り込まれ、「ネットによる川下の中抜き」という視点をカバーできないかもしれません。
では、これまでの流れでFESPAのようなサイン系ワイドフォーマット機の展示会で、既存ビジネスのディスラプションを主張すればいいのか?そう考えるにはサイン系ワイドフォーマット機の展示会が、こういう流れをまだまだ消化しきれていない・ビジョンを確立できていない…そんな風に見えます。これがFESPAに感じた違和感の一部という気がするのです。詳しくは、再度FESPA報告で触れようと思います。
以上
【オマケ】