- 2017-10-17
- イベント参加報告
- LabelExpo2017
LABELEXPOは世界的なラベル印刷機・技術・材料・ソフトおよび抜きや箔押しなど周辺技術を含むラベルの総合展示会で、奇数年はベルギーのブラッセルで、偶数年は米国シカゴで交互に開催されます。
2週間前に米国シカゴで開催されたPRINT17に出張した業界人からは、「スペースは縮小し、AFGA・HEIDELBERG・KODAKが出展していない」などと、商業印刷の総合展示会の縮小・退潮が伝えられた一方で、このLABELEXPOは活況を呈し、主催者の発表によれば:
- 前回、2015年と比べて12%のフロア面積の増加
- 出展社数は198社の新規出展社を含む679社
- 来場者数は37,742人で、前回2015年の35,739人から5.6%の増加
ということで「電子データに置き換えられることのない印刷物」としてのラベル印刷の堅調さが表れています。
その中でも、デジタル印刷の隆盛は明らかで、速報でも一部お伝えしましたが:
- 世界最大の包装機器メーカー BOBST社(スイス)が、インクジェットベンチャーと合弁したMOUVENT
- UTECO+INX+eBEAMによるeBEAM方式硬化インクによるプリンタの発表
が、今回の話題をさらったツートップというところでしょう。
ほかにも:
- DURSTの高解像度Tau330 RSC、XeikonのPX3000、HPのGEMデジタルデコレーションシステム
- Gallus、Mark Andy、MPS、Nilpeterなど既存アナログ主流プレーヤーからのハイブリッド機
- コニカミノルタと傘下のMGI社(フランス)によるインラインでの加飾
- Industrial Inkjet社などの小規模ながら優秀なインテクレーターや、その他多数の新規参入メーカー群
と、デジタル分野は新規技術の発表や実用化を含め大変に活況でした。とは言え、まだまだ圧倒的なMIFとプリントボリュームを誇る既存アナログ(日本ではレタープレスが主体ですが海外はフレキソが主流)のメーカーも、「電子データに置き換えられる」という危惧は無く、デジタルに主役の座を奪われるのはまだまだ先と考えており、悲壮感は漂っていなかったというのが印象です。
今回は、話題のツートップのうちMOUVENTを報告し、その他の案件は報告(2)(3)とさせて頂きます。
【MOUVENT】
世界的な包装機器メーカーであるスイスのBOBST社と、同じくスイスの小規模なインクジェット技術開発のベンチャーRADEX社の合弁会社。BOBST社はWikipediaにも詳しい説明がある通り、世界的な有名企業。1890年創業のオーナー企業で、2014年の連結売上高は1.3Bilスイスフラン、今日のレートで換算すると約1,500億円、従業員数は約5,000人。
https://www.bobst.com/jpen/
https://www.bobst.com/jpjp/ (日本語サイト)
https://en.wikipedia.org/wiki/Bobst_(company)
一方、RADEXはご存知ない方も多い、いやインクジェット業界に詳しくなければ、殆どの方はご存知ないと思いますが、スイスのSolothurnという町に拠点を置く小規模なインクジェット技術開発ベンチャーです。Solothurnなんて地名そのものもご存知ない方も多いのでは?
2015年6月にブラザー工業が英国のDOMINO社を買収しましたが、そのDOMINO社が従来のコーディング用IJ機からラベル分野への進出を視野に入れて、ブラザーに買われる前に買収していたのがスイスのGraphtech社。この創業者である天才技術者(自称(笑)) Piero Pierantozzi 氏がGraphtech社を辞し、技術屋仲間と新たに立ち上げたのがRADEX社です。
RADEX = Rapid + Development というコンセプトで、当初は他社の開発を受託する構想でしたが、やがて富士DIMATIXのSAMBAヘッドを独自にカスタマイズし、それを多方面の用途に展開する技術開発会社となっていきます。そのコアとなるのが、SAMBAヘッドに「駆動基板・インク供給系・脱気モジュール・インク循環」などを装着し、それをYMCKの4つを組み合わせて「クラスター」と称し、これを並べることで様々な用途のプリンタに展開するというものです。複雑なインク流路には3Dプリンタを使って部品を製作したり、スイスの大学の理系学生をインターンとして活用するなど、随所に最新の技術や発想を取り入れています。
今回、これほどまで、このMOUVENTが注目されたのにはワケがあります。前回のDRUPA2016 は、別名を「パッケージングDURUPA」と呼ばれたように、業界各社から数多くのパッケージ印刷用途のプリンタが発表され、またその開発の提携話が発表になりました。その中の一つに「BOBST+KODAKで段ボール印刷システムを共同開発」というのがありました。リンクの記事は2016年3月のものなので形は出来たものと思われます。
ただ、あまりに巨大なシステムで、これだけでは今後伸びていくパッケージ印刷を隅々までカバーできないと判断したのでしょう。また、スイス人同士は大変繋がりが深く、RADEXのPieroはBOBSTの社長に「もっとシンプルに上手くやれる!」と提案し、蓄積してきた「クラスター」などの技術プレゼンをしたものと思います。
BOBSTの社長としては、インクジェット機の開発を、そもそも分野違いでインクジェット業界や技術に詳しいわけではない社内リソースに依存することの限界を感じていたところへ、Pieroのプレゼンがヒットし、今回の合弁(BOBSTがマジョリティ出資、ただし買収ではない。そこにPieroやRADEXへのリスペクトを感じます)に繋がったということでしょう。
先にも書きましたが、Pieroは「クラスター」を初めとする技術を多方面の産業用インクジェット機に展開していきたいと考えており、既にテキスタイル分野では「Swiss4Tex」という別会社を設立してプリンタ開発と販売網の整備を進めており、またトランザクションプリンタのエンジンも開発済で顧客探索を行っています。これらの動きも、今後はMOUVENTに統合され、BOBSTの資金バックアップを受けて推進されることになるようです。
纏めれば、BOBSTは自社リソースではなく、インクジェットに手慣れた開発陣を手に入れ、MOUVENTという別組織にすることにより、従来のBOBSTの社内規定や文化などに縛られない自由な開発環境と資金を提供することで新たな成長エンジンを手に入れ、成果の一部はパッケージ分野でBOBSTが享受し、その他はMOUVENTに自由にやらせる。一方RADEXは潤沢な資金を手に入れ、開発や事業展開を加速することができる・・・そういう構図です。
この話は大変示唆に富んでいます。多くの日本企業が、新たな分野に事業展開を図る際には、自社のリソースを可能な限り転用しようと試みます。長らく本業・本命技術であったものがその役割を終えつつあり、事業の方向転換を図る際には、雇用維持の観点も考慮して、既存事業・技術部隊のコンバートを最優先に考えるのが通例かと思います。
しかし、既存事業・技術部隊は、その道には明るくても、これから進んでいくべき道に明るいわけではありません。それどころか、既存事業・技術を上手く進めるためのルールが確立されており、新規事業をその枠組みで進めようとして・・・大抵は失敗するか、極端にスピード感の無い動きとなりがちです。しかしながら、日本企業は、それに気が付いているのか、いないのか、同じパターンを繰り返してしまいます。
BOBSTの動きは、BOBST+KODAKという社内リソースの開発の動きをトップが見ていて、果断に「インクジェットの専門家集団」であるRADEXを傘下に取り込んで、彼らの自主性を尊重しつつ、スピード感のある開発と事業展開を図る決断をしたということと見えます。BOBSTは非上場で、オーナーの果断な決断力が活きる組織であり、今の日本企業(株式会社)が失っている側面を持っている・・・そういう意味での示唆に富んでいるということです。
今回、LABELEXPOで発表したのは、全く同じエンジン(Piero談)で2機種、水系インク用とUVインク対応のラベルプリンタです。水系インク対応のプリンタは、かなり長い乾燥部があり、デザインとしてはまだまだ工夫の余地があるように見えます。また、プリントサンプルの配布も行わず、画質も(じっと張り付いて観察していた日本メーカーの技術屋さん達によると)「なんだ、あんなものか」ということで改善の余地はあるようです。しかし、それは時間の問題で克服されていくものと考えられます。
大事なことは、やはりこの事業の枠組みの新しさであり、既存ビジネスの大手・老舗がとるべき手段の一つを提示したことでありましょう。