展示会報告 FESPA2017 ハンブルグ(3)

5月8日(月)~12日(金)の5日間の日程で、北ドイツのハンブルグにて大判プリンタの展示会FESPAが開催されました。報告(1)で全体概要とHP・efi・OCE(Canon)・DURSTについて書き、報告(2)はその他のメーカーやトピックをカバーしましたが、情報量が多いので引き続き報告(3)をお送りします。特に重要度・知名度の順に並べてあるわけではありませんが、ご了解をお願いします。

【Luescher-Tschudi】:スイスの事業家ハンス・ルッシャー氏が運営。中国メーカーからプリンタを調達

ルッシャー氏はスイスでスクリーン印刷関連の機器(スクリーン製版機)・資材を扱い、その流れでインクジェット技術が台頭してきた際に自ら超大判の大判フラットベッド機を開発し市場に投入したこともありました。その後の経緯は省略しますが、最近は中国の大判機メーカーに技術指導を行い、それを欧州に引いて事業を行っています。今回の展示は3.2m幅のサイン用途テキスタイル機とその周辺機器です。

コアとなっているメンバーはルッシャー氏を中心に4人、皆さんかなりのシニアです(笑)。下記のリンクにそれぞれの経歴がサマリーされていますが、よく読むと味わい深いものがあります。例えば、Werner Tschudi 氏は、1998年に日本のスクリーン捺染機メーカー東伸工業が発売した世界初のインクジェット・テキスタイルプリンター「Image Proofer」の開発に関与したことが書かれています。
https://www.luescher-tschudi.com/about-us/

スイスにはインクジェット技術に深く関わってきた人物が複数おり、いわば「スイスコネクション」のような繋がりを形成しています。RIPベンダー(画像処理ソフト)ergosoft 社の Hans-Peter Tobler 氏もその一人で、中国メーカーの開発や画質向上をソフト面からサポートしつつ、スイス人脈の事業化を支援していると思われます。

【Aeoon】:オーストリアの未知の大判機メーカー

オーストリアのメーカーですが、最近出てきた新興メーカーです。場所はオーストリアのインスブルックとクフシュタインの中間あたり。オーストリアのスクリーン捺染機の老舗で、インクジェットにも事業展開しているZimmer社(ツィマー)に近いことから、そこの技術者がスピンアウトし、関係業界やファンドの支援を得て起業したものと思われます。Zimmerはインクジェットに展開したとはいうものの、自社開発はうまくいっておらず、中国(フェイヤングループ)からのOEM調達に切り替え、多くの技術者が流出したと伝わっています。

Aeoon社はDTG(Direct To Garment) と総称される分野、すなわち縫製前の布ではなく、縫製後の製品(ガーメント)にプリントする分野のプリンタ、典型的にはTシャツプリンタに特化しています。この分野ではイスラエルのKornit Digital社が大きな存在感を誇っていますが、欧州のインクメーカーやRIPメーカーなどがそれに対抗してアライアンスを結ぶ動機があったということではないでしょうか?

しかし、技術屋数名がスピンアウトし、ファンドやインクメーカー、RIPベンダーなどの協力を得て起業する・・・こういうことは日本で起こるのでしょうか?報告(2)で書いたSwissQprintも正しくそういう形態で、米国イスラエルなどのベンチャーとは異なり、派手さは無いものの、メーカーとして着実な発展をしています。このAeoonも同様な形態と見えます。日本では何故これが起こらないのでしょうか?

【FLORA】:中国大判機メーカーの老舗

中国の大判機メーカーについても、別途改めて書く機会はあると思いますが、私がインクジェットに関わり始めた1999年頃から今日まで(18年余り)続いているメーカーで大手と呼んでいいものを列挙しておくなら、このFLORA(潤天智Runtienchi:深圳)・JHF(金恒豊:北京)・TECKWIN(泰威:上海)・飛陽連合(Feiyeung)工正(Gongzheng)あたりでしょうか。

大手とまでは言えませんが、その頃から続く中堅どころとして力由(Liyu:安徽省合肥)・Skyjet(遼寧省瀋陽)などが挙げられます。またその後出てきて大手となっているものにALLWIN(奥威:上海)・REVOTECH(中山)・Witcolorなどがあります。また大きくはないもののUVに特化するなどしてユニークなポジションを築いているDOCANやLONGIERなどもあります。

中国では1990年代後半にはXAARヘッド(XJ128)が推定で95%ものシェアを持ち、「通貨代わりに通用する」とまで言われていましたが、その後ヘッドの多ノズル化の流れの中でコニカミノルタとセイコーにその地位を奪われて市場から実質的に撤退し、現在はそこに富士DIMATIXやリコーのヘッドが参戦し勢いを増してきて混戦状態になっています。

多くの中国メーカーがどこか一社のヘッドをメインに据えて、そこの力を借りて実力を蓄え成長してきたのに対し、このFLORAはヘッドに関しては一社依存に偏らないように、東芝TEC・富士DIMATIX・コニカミノルタ・リコー・京セラなどを用途や市場要望に応じて使い分けるという方針でやっています。

また、かなり早い段階で米国人(インド系)のRak Kumar 氏が立ち上げた Rastek社(後にefi が買収)にOEM供給する過程で技術指導を受けた点が、他の中国メーカーと一線を画している点です。

2000年代前半に中国メーカーが大挙して米国の大判機展示会の SignEXPO(ISA)や SGIA を席巻した時期がありました。しかしアフターサービス力が貧弱で米国ディーラーから愛想をつかされ一旦は全て撤退しました。そこから巻き返しを図って再び米国や欧州の展示会に出展している数少ない中国メーカーの一つです。

社長の江洪氏(Jiang Hong)氏はサイン用大判機のみならず、多方面への多角化進出にも積極的で、テキスタイル用途・テキスタイルのワンパス機(市場で2台のβテスト中)・セラミック用途ほかTシャツプリンタなども手掛けています。

Sunny女史(OEM事業部長)・大野・江洪社長

Sunny女史(OEM事業部長)・大野・江洪社長

FLORAのインクジェットTシャツプリンタ(オーバルと呼ばれる量産向け)

FLORAのインクジェットTシャツプリンタ(オーバルと呼ばれる量産向け)

【MHM】 オーストリアのスクリーン印刷Tシャツプリンタの老舗

皆さんはTシャツがどのように生産されるのか、どういう装置でプリントがされるのかご存知でしょうか?ごく少数をアイロン転写するようなものを除くと、ある数をこなすものは写真のような装置が使われます。中心の軸を中心にいくつかのスクリーン印刷のステーションが放射状に配置されており、最初のステーションでそこに無地のTシャツをセットし、これが回転していく中でステーションごとにスクリーン印刷でプリント柄が重ねられていき、グルっと一周したとことで完成、そこで完成品が外され、新しい無地Tシャツがセットされるというものです。この方式をカルーセル(メリーゴーランドのように回転するもの)といいます。

また高速にするためにステーションを増やしたものは円形ではなく楕円(正確には楕円ではありませんが)となるためオーバルと呼ばれます。

シンプルな手動式4色機 https://www.youtube.com/watch?v=o_CNBCcNW2U&t=1s
多色機         https://www.youtube.com/watch?v=nx_nsgslDhY
高速量産機(オーバル) https://www.youtube.com/watch?v=mku8Nt10Yr8

近年、イスラエルのKornit Digital を代表例としてインクジェットで顔料インクを撃つTシャツプリンタが普及しています。
Kornit のインクジェット機 https://www.youtube.com/watch?v=YTPo1wdqykc

MHMはオーストリアのスクリーン印刷方式Tシャツプリンタの老舗で、アメリカのM&R社とシェアを争っています。現在は染色工場向け乾燥機で有名なイタリアの繊維機器周辺装置メーカーのアリオリ(Arioli)を核としたアリオリグループの傘下にあります。

この動画は、スクリーン印刷方式とインクジェット方式のハイブリッドで、インクジェットで撃つには素性の難しい白をスクリーンで印刷し、その上にインクジェットで柄をプリントするというもの。それぞれの利点を活かして、最近ポピュラーになってきています。

アリオリはインクジェットプリンタにも進出

アリオリはインクジェットプリンタにも進出

アリオリグループのCalmero Zocco社長

アリオリグループのCalmero Zocco社長

【Kornit Digital】 イスラエルのTシャツプリンタメーカー、最近は布帛への展開も

あまり知られていませんが、イスラエルはユニークなインクジェット企業が案外多く存在しています。このKornit Digitalはその代表格で、かねてより顔料インクを使ったTシャツプリンタを商品化し世界展開を図ってきました。

最近は同じく顔料インクを使用した布帛への(Roll to Roll)プリンタをAllegroという製品名で市場投入しカバー分野を拡大しています。Kornit Digitalは技術だけでなく、イスラエル企業らしい旺盛な事業展開力を発揮し、アマゾンや大手通販サイトと提携して、顔料インクがフィットするアイテムの生産に寄与しようとしています。このあたりの事業展開力は、どうしても画質やスペックに目が行きがちな日本企業群にも是非学んで頂きたいところです。

デジタルテキスタイルという場合は、従来のアパレル衣服やスカーフなどの範囲を超えて、バッグや靴など布を使うあらゆるアイテムが対象になります。Tシャツプリンタに端を発していますが、いつのタイミングからか、顔料インクの出口としてそういうものを見据え、プリンタ開発と並行して事業開発・提携交渉を行ってきたということでしょう。

【日本メーカーのTシャツプリンタ】

ブラザー工業

ブラザー工業

島精機

島精機

米国のSignEXPOから  EPSON

米国のSignEXPOから
 EPSON

米国のSignEXPOから  RICOHが買収したAnajet

米国のSignEXPOから
 RICOHが買収したAnajet

米国は年間90億枚!ものTシャツが消費されるという一大市場で、かつてはEPSONの小型プリンタを改造してTシャツプリンタを作るメーカーが多数ありましたが、EPSONの政策でそれらが姿を消し、日本メーカーが目立つようになってきてはいます。どこまで大きく食い込めるのか?事業構想力・展開力が試されています。

【MS】 イタリアのインクジェットテキスタイル機メーカー

北イタリアのミラノとコモの中間あたりにあるサロンノにあるメーカー。かつてはEPSONの小型プリンタを改造したTシャツプリンタを作っていたが、やがて京セラヘッドを採用し本格的なRoll to Roll のテキスタイル機に進出、REGGIANIと並んで京セラヘッドを採用した北イタリアメーカーとして成長してきました。

北米のコングロマリット DOVER の傘下に入りましたが、DOVER自体のテキスタイル事業の方向性がやや曖昧で、MS社長のLuigi Milini 氏をうまくコントロールできていないように見えます。

今回出展していたのは Impre というブランドで、従来のアパレル用途のJPシリーズとは一線を画し、ダイレクト昇華インクでポリエステル生地の布サイン用途機でした。2015年11月のITMA(国際繊維機械展示会)に数社がワンパス機を発表し、いよいよインクジェット捺染がブレークするかと期待されましたが、やや期待外れの状況が続いており、各社もサイン用途に軸足を移すなどして少しでも開発費の回収を目論んでいるように見えます。

【EFFETEC】 チェコ共和国の地方都市オロモウツにある大判プリンタメーカー

会社所在地はチェコ共和国の地方都市オロモウツ

会社所在地はチェコ共和国の地方都市オロモウツ

おそらく日本人には殆ど知られていないと思われますが、少なくとも2000年頃から大判プリンタ事業を行っているチェコ共和国の中小企業。GRAPOという社名で創業し、その後経営者と会社の名前は3度変わりましたが、右のインド系の Donna Aranha 女史は創業当初から在籍し、今は中央の配偶者と共にオーナー経営者です。更に会社を発展させるために資金調達を模索しており、投資家を探しているとのこと。

【MARABU】 ドイツのスクリーン印刷インキの老舗でインクジェットインクにも進出

ここも日本には殆ど知られていませんが1859年創業のドイツのスクリーン印刷インキメーカー。社名のマラブとはコウノトリの一種の大型鳥類。スクリーン印刷向けインキメーカーとして一定の評価を得ている同社ですが、近年はインクジェットが加飾印刷に進出している機をとらえUVインクに進出。ヨーロッパでは日本と比べてスクリーン印刷のポジションが高く、顧客の要望事項も古くからの付き合いでよく理解しており、UVインクメーカーとしても地位を固めつつあります。

【ESMA】 Association of European Manufacturers of screen printing equipment and supplies

(4人の男性:左から) Peter Buttiens, Roland Biemans, Oliver Kammann, Steve Knight

(4人の男性:左から) Peter Buttiens, Roland Biemans, Oliver Kammann, Steve Knight

FESPA が Federation of European Screen Printers Association であるのに対し ESMA は European Screen printing Manufacturers Association の略で、前者はスクリーン印刷業者の団体であるのに対し、ESMAはスクリーン印刷関連の機材・資材の製造業者・サプライヤーの団体ということになります。

利害の対立は特になく、ESMAはFESPAの議決権のないボードメンバーとして参加して、共にスクリーン印刷を発展させることを趣旨としていますが、近年はそれを置き換える可能性のあるインクジェットを取り込んで、産業用インクジェットの推進団体としても機能しています。

ESMAは3年前、The IJC ( Inkjet Conference )というコンファレンス+展示会を立ち上げ、年一度、秋にドイツのDusseldorfで2日間のイベントを開催しています。スタートしてまだ3年で、年一回開催にも関わらず、展示社・講演者・参加者とも年々数十%の勢いで増加しており、昨年は500名近い参加者がありました。産業用インクジェットへの関心の高まり・拡がりを示す象徴例かと思います。

今年も10月24+25日、Dusseldorfにて開催されます。大野経由で参加を申し込めば割引が適用されますので是非お問い合わせください。  Akiyoshi.ohno@gmail.com
下記のサイトから参加申込みができます。Couponの欄に japan17 と入れると割引が得られます
http://theijc.com/about-event/registration/theijc2017-delegate/individual-registration

【理想科学】 簡便なスクリーン製版装置「ゴッコプロ」

理想科学と言えば、基本は孔版印刷機のメーカー、いまや高速ワンパスインクジェットプリンタのOrphisで知られていますが、かつて年末の国民的行事だった「プリントゴッコ」での年賀状作りをご記憶の方も多いでしょう。が、あのプリントゴッコの原理を応用して、簡易なスクリーン製版機を開発し市場に投入していることは案外知られていないのではないでしょうか?その名も「ゴッコプロ」・・・って、そのままやんか(笑) 

製版の必要があるスクリーン印刷が、無版のインクジェットに置き換わるのは大きな流れですが、さりとてインクジェットが万能で、スクリーン印刷にできることを全て置き換えることができるわけではありません。白インクはまだまだ課題含みですし、メタリックなどはかなり無理があります。

一方、スクリーンの製版は、スクリーンメッシュに感光材を塗布し、映写機(幻灯機と言っても解らない人も多いと思われるので(笑))でパターンを感光させ、それを現像して・・・と結構な手間がかかります。これを簡便にしてしまおうというのがゴッコプロ。本格的なスクリーンより寿命(耐擦性)は短いようですが、そもそも大量プリントは想定しておらず、インクジェット機に投資する必要もなく、またインクジェットでできないことが可能・・・というニッチ狙いで、案外市場はあると思われます。

インクジェットはメタリックは苦手

インクジェットはメタリックは苦手

【纏め】

以上、3回にわたりFESPA 2017の状況をお伝えしてきました。スクリーン印刷からインクジェットまで、サインからテキスタイル、あるいは物への加飾まで、カバーする範囲が非常に広く、纏めようとしても纏まらないのがFESPAです。インクジェットが主役になりつつはありますが、日本には無いタイプの展示会、来年は是非ご自身でお出かけ下さい。ベルリンで2018年5月15-18日開催です。シュパーゲルも待ってます(笑)

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