iPrint 堂前美徳さん:ロングインタビュー(3)堂前さんについて

iPrint 堂前美徳さん:ロングインタビュー(2)からの続きです

今回 10月21日の JHVP(Japan High Vistosity Project:日本高粘度プロジェクト)を主導していただく堂前美徳さんにロングインタビューをしてみました。

堂前さんはスイスの工科大学傘下のインクジェット研究機関「iPrint」でダイレクターを務めている方で、今やこの業界で彼を知らないとモグリと言い切っても過言ではないでしょう。今回は JHVPでプログラムの設計・講演者やワークショップ登壇者のアポ・当日の仕切りなどをやって頂くスーパーマン的な働きをお願いしています。一部のモグリの方(笑)及び名前は知っているけど、詳しくは・・・という方のためにインタビューを試みました。今回はその3です。

大野:手順前後になってしまった感がありますが、今回は「堂前さんご自身」についてお聞きしたいと思います。簡単に経歴・職歴などを教えてください。

堂前元々はF1のエンジン開発がやりたかったので、ホンダに入りたかったのですが、就職氷河期というのもあり狭き門でした。

:F1ですか!いきなり顧客満足を超えた Beyond Expectationですね(笑)

堂前一方、あまり意識せず利用したにコネのルートで採用をいただいたトヨタ自動車は、“コネの効果かも”と気味が悪くなり、入社を辞退。結局、ミネベア株式会社(現ミネベアミツミ)という回転部品を多く扱うメーカーに就職しました。

プリンター向け部品販売を専門とする部署で技術営業のようなことを始めたところからプリンターに興味を持ち、実家に最も近いプリンターメーカーを探し、セイコーインスツル株式会社に転職しました。

セイコーインスツルでは、セイコーアイ・インフォテックで5年ほどインクジェットプリンターの開発を経験し、社内公募を利用してエスアイアイ・プリンテックへ異動。そこでは5年ほどヘッドの開発をしました。

RC1536というヘッドの PCB以外の全てを開発から量産直前までやったところで、サンプルをばらまくためにヨーロッパに異動しました。フランス・パリ近郊にラボを設立して、5年ほど、様々なインテグレーターと協業して、産業用プリンターの開発サポートをやりました。特に、イタリアとスペインにはそれぞれ、合計1年くらいは滞在したと思います。

一方、既存技術では産業用インクジェットの拡がりに限界が見えたので、それを拡大可能にするプリンターやヘッドの新技術開発、新規アプリケーションを生み出すための技術者教育、人材育成、環境整備、そして新技術を用いた次世代スタンダードの確立、そんなことを目指して就職先を探した結果、iPrintが拾ってくれました。iPrintに来てもう7年、それらの夢を実現するために必要な様々な仕事を一生懸命やっております。

:ああ、覚えてますよ、そのころの堂前さん!家族ができると普通は落ち着くというか、守りに入るもんじゃないですか?それを駐在地のフランスから転職してスイスへ!こりゃ凄いヤツがいたもんだと感心したものです。facebookの公開情報からは、今ようやく 45歳、転職した当時は 38歳だったわけですね!

:そうなりますね!まあ若かったから出来た・・・そんな側面もあるかも知れません

あ、Fribourgにもおいで頂きましたよね!これはまだ元上司で私を iPrintに引っ張ってくれた Franz Wilscherさんがいた時代ですね

そう、その後しばらくして Franzが転職したので堂前さんがダイレクターのポジションを引き継ぐことになった!いや、大企業の駐在員がそれなりのポジションに就くというのは普通にありますが、そんなこととは関係なく転職してそこのダイレクターになるって、そうそうあることではないですよ!凄いことです。

しかもその後そこを発展させて、今やケンブリッジを超えてインクジェット巡礼者が詣でる聖地にまで育て上げた!やっぱり聖人ですな(笑)

やっぱりそこに結び付けますか(笑)有難うございます!まあ、社内政治や忖度やらに割く余分なエネルギーを使わないで、ただただ面白がって仲間と技術開発をやっていたら今日があった・・・そんな感じですかね

:いやいや、営業的なセンスも必要だと思いますよ!ちなみに学生時代はなにやってたんですか?

機械工学、ですが、ペナルティーエリア外からのフリーキックの練習の方に多くの時間を費やしていました。

あ、サッカー少年だったんですか!ペレのバナナシュートの軌道計算とか(笑)私もパチンコ玉の軌道計算とかやってましたけどね(笑)月並みですが愛読書とか座右の銘は?

愛読書は「スラムダンク」座右の銘は、「道に迷ったら、とりあえず登っている方を選ぶ」です。

:あれ、キャプテン翼とちゃうんか~い(笑)趣味は?

自転車で山登りとコーヒー豆の焙煎ですかね

facebook投稿でよく山の上に自転車で登った写真を投稿されてますよね。あと・・・コーヒー豆の焙煎、将来の兼業は 50%バリスタですな(笑)

:最後にインクジェットの将来に関しての見解を伺います。インクジェットはもう限界だ、新しいテーマは無い、成熟期に入ったと評する人がいます。私自身は違うとらえ方をしているのですが、そのあたりはいかがでしょう?また中国企業の台頭も目覚ましいものがあり、プリンタなどはもはや「安かろう、悪かろう」ではなくなった印象です、アジャイルな開発では日本を凌駕している感もあります。ヘッドも開発しているという話も伝わってきます。堂前さんはインクジェットの将来像のはどんなイメージをお持ちですか?

インクジェットとは、ヘッド技術を中核とする、液体を必要な量だけ必要な場所に塗布するための基本技術です。これを私の好きな自転車の構造に例えてみると、ペダルを踏む力を車輪に伝える動力構造は、ママチャリだけでなく、ロードバイクやマウンテンバイク、さらには湖を走るスワンボートにまで共通して使われています。重要なのは、その基本駆動系が目的に応じて最適化されている点です。近所の買い物を目的とするママチャリであれば、乗りやすさと安さが最優先されます。これが家庭用のプリンターというところでしょうか。

一方、ロードバイクであればプロが峠を登るための軽量化や、タイムトライアルを勝つための極端に高速用のギヤ比、それらの自転車はアマチュアにも所有する歓びを与えるほど機能美とブランド力があります。一方、自宅にある家庭用プリンターはどうでしょうか。部屋の場所をとり、年に数回ハガキを印刷する程度で、他に選択肢がないから仕方なく置いているのが本音ではないでしょうか。決して所有欲が満たされているとは言えません。

では、プリンターにおけるロードバイクやマウンテンバイク、スワンボートとは一体どんなものでしょうか。技術を目的に応じて最適化し、新しい価値を生み出す製品をつくる。その第一歩は、インクジェット技術を、それぞれの用途に合わせて徹底的に最適化することから始まります。

高粘度液体を使うという議論の中で、一体、高粘度液体を何に使うのか?それが少しでも見えれば、その用途に特化した技術と製品を開発して、高付加価値製品で市場を作っていくことができる、というのがシナリオです。セラミックタイルのデジタル印刷化は、様々な要因が合わさってデジタル革命と呼ぶにふさわしい結果となりました。これはヘッドに於いては、XAARのノズルレベル循環構造がそれを牽引した一つの要因です。次こそは日本発でこのような技術革新を起こすことを期待します。

中国製のヘッドは脅威になりますか?中国のビジネススタイルは脅威になりますか?

かつて日本国内に数多く存在した自転車メーカーやその製品(ママチャリ)は、現在その大半が中国製へと置き換わりました。これはテレビ、PC、白物家電、携帯電話など、あらゆる分野で起きた「製造業の構造シフト」の典型例です。中国企業は規模の大小を問わず、「売れる」と確証を持てる領域への開発投資には極めて迅速な決断を下します。一方で、リスクを伴うユニークなアイデアや初期段階のイノベーションへの投資には比較的慎重な傾向があります。この投資特性を踏まえると、現在のインクジェット市場における動向は次のように予測できます。

    • 家庭用プリンター領域(大企業のターゲット)
      • 家庭用プリンターは製品の方向性が確立されており、中国の大企業が参入しやすい領域です。特に中国国内におけるMEMSヘッドの開発・生産技術の確立は、半導体プロセスの内製化という国家戦略とも合致するため、注力分野となりえます。そのため、MEMSヘッドを搭載した中国製家庭用プリンターが市場に登場する日はそう遠くないと考えられます。
    • 産業用プリンター領域(中規模企業のターゲット)
      • 中国にはすでに、ワイドフォーマット、フラットベッド、Roll-to-Roll、シングルパスなど、数多くの現地製産業用プリンターが存在します。これら現地プリンターメーカーが、中国国産ヘッドの主要な受け皿(置き換えターゲット)となる見込みです。参入主体が中規模企業を中心とするはずで、製造難易度が高く、投資額も大きいMEMS構造ではなく、XAAR、コニカミノルタ、Dimatix、リコー、京セラなどが採用する「バルクピエゾ構造」をベースとした開発が主流になると予測されます。事実、すでに複数の中国製類似ヘッドが市場に流通し始めているのを確認しています。
    • ということで、家庭用プリンター向けヘッド(及び国産半導体プロセス技術の立ち上げ)と、産業用(バルクピエゾ)の両面で、中国企業によるインクジェットヘッドの国産化・市場浸透が進むことは考えられます。
    • 日本はどうするか?中国のヘッド開発がこのまま行けば、いずれ脅威になることは間違いありませんから、一歩先の技術を立ち上げ、新たな市場を作ることを続けていくことが大事です。それには、一歩先のプリンター開発、つまり新規アプリケーションを作ることが重要です。新規アプリケーションのための新プリンター技術を開発することで、それに必要なヘッドへの要求が出てくる、その結果、新しいヘッド技術が開発される、というのが健全な流れだと思います。高粘度吐出可能なヘッドが出てきて、この健全性を維持しているのは例としては自動車用デジタル塗装です。この新規アプリケーションが拡大していくことで、ヘッドに必要な技術が磨かれ、又は、多様化していくのです。色々なことをやれるだけやってください。

なるほど!方向性が明確で大規模投資が必要な分野はターゲットになりやすいかもだけど、プリンターとセットでの技術開発がスパイラルに進むべき分野はまだまだ日本企業の出番だぜ・・・という感じですかね。

この際なので自由に好きなことを(辛口で(笑))述べてください、日本企業に期待することもお願いします。日本企業の「満を持して商機を逃す」「性能を追ってニーズを追わない」「口だけでアクションしない」とよく言われますが、これに対する処方箋はありますか?

過去の日本企業に学び、これからの「勝利の方程式」を考えてみませんか。今、私たちがすべきことは、アイデアを具現化する活動をどんどん承認し投資することです。いわば、「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」の精神です。

高度経済成長期は、人口も増え、経済も上向きで、誰もが意欲的に働いていました。しかし、時代が変わっても人間の能力自体は変わっていません。当時も今も、同じレベルの優秀な人材は日本にしっかりと存在しています。それなのに、今の多くの企業は、新しい製品やサービスを検討するとき、リスクと称して「できない理由」や「やらない理由」ばかりを考えています。

もしこれを、「まずは数を撃ってみよう」という姿勢に変えられたら、どうなるでしょうか。様々な新しい技術やサービスが世の中にあふれ、社会全体にも活気が出てきます。もちろん、成功するのは一握りです。

しかし、その一握りを作るための、たくさんのチャレンジと、それに伴う失敗が絶対に必要です。失敗から学び、成功へ繋げる。そう考えれば、「失敗を恐れてやらない」という今のマインドセットは、あまりにも大きな機会損失です。費用対効果やリスクを理屈でこねくり回し、やらない理由を揃える時間は、はっきり言って無駄です。

それよりも、例えば「3つアイデアがあるなら、まずは1つ必ず形にしよう」「小さくてもいいから始めてみよう」と言える経営が必要です。見事に事業拡大や事業改革を成し遂げた企業は、コア技術から枝葉を広げ、環境の変化に適応しながら次の主力事業を生み出してきました。この「自然選択と環境適応」のイノベーションこそが、これからの強い企業を創り出すと、私は信じています。

:もっとご自由に好き放題を(笑)

ビジネスも人と人との対話であり、相手の立場に立って、つまり、自分が消費者であったり、エンドユーザーであると仮定して、「何が最適解なのか?」を考えて欲しいです。

自分だったら買いたくないようなものを売ろうとしていませんか?これって、売る方も買う方も無駄ですよね。つまらないモノを買ってしまったと感じたら、また同じところで買うことは無いです。そして、売った方も、「つまらないモノを買わされた」「騙しやがって」と相手に思われたままで、気持ちよく過ごせますか?

どちらも、人生の大事な時間、つまり命の一部を使ってやり取りしているのに、このような無駄なことに使っていては命の無駄、もったいないです。できることなら、「このサービス、この製品であればお客さんが幸せになるはずだ」と思えるものを作り、売りましょうよ。

病院のベッドの上で、まさに死にゆくとき、自分の人生がどのようなものだったか考えます。その内容はきっと、会社の役職や売上成果、個人の収入ではなく、自分が誰とどのように関わったかだと思います。残された人達があなたについて語る内容も、その人個人の生き様や人柄だと思うのです。

iPrint 堂前美徳さん:ロングインタビューを終わります

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