誰も知らないドイツの町 Unbekannte deutsche Städte(114)★★★ ヴィスマール Wismar -1-

メクレンブルク=フォアポメルン州の ヴィスマール Wismarをご紹介します。訪問したのは 2025年 5月 1日です。

ハンザ都市 ヴィスマール(低地ドイツ語:ヴィスマー)は、メクレンブルク=フォアポンメルン州の北西メクレンブルク郡に属し、バルト海沿岸、ペール島に守られたヴィスマール湾の南端に位置する。同市はメクレンブルク=フォアポンメルン州で6番目に大きな都市であり、同州の18の中核都市の中で最大の都市である。シュトラールズントとヴィスマールの旧市街は、2002年6月にユネスコの世界遺産リストに登録された・・・といような町です。

ヴィスマールは郡庁所在地であり、ヴィスマール大学の本拠地でもある。バルト海に面した立地、その文化史的な重要性、そして旧市街のおかげで、ヴィスマールはメクレンブルク=フォアポンメルン州の観光において頻繁に訪れる目的地となっており、クルーズ客も増加している。経済的には、MVヴェルフテン(造船所)やそのサプライヤーをはじめとする港湾・造船業、様々な機械製造企業、木材加工業、太陽光発電産業、さらには飲食業や小売業も重要だ。1881年以来、ヴィスマールには百貨店チェーンカルシュタットの本店が立地している(Karstadt:倒産してどうなったんだろう?)

バルト海に面したヴィスマールはハンザ同盟の一員であり、中世後期に繁栄を極めた。今日でも、この時代の建物の多くが保存されている。三十年戦争の後、1648年にこの都市はスウェーデンの支配下に入り、1803年(de jureでは1903年)まで続いた。この歴史を偲ぶのが、毎年開催される「スウェーデン祭り」である。その後、メクレンブルク=シュヴェリーンに属することとなった。第二次世界大戦中、1940年6月から数回の空襲を受け、とりわけゴシック地区にある主要教会である聖マリア教会や聖ゲオルゲン教会、そしてアルテ・シューレが大きな被害を受けた。現在ではその多くが再建され、歴史的建造物として適切な修復が行われている。(独語 Wikipedia)

・・・というような街なのですが、日本人にとってはどれくらい知られているのでしょうか?取りあえず★★★としておきます。★★でもいいんですけどね・・・

Wappen Lage Data

独語 Wikipedia
Bad Doberan の公式サイト
Bad Doberan の観光サイト
Liste der Baudenkmale in Wismar

この町にも何度も来たことがありますが、1990年に初めて来たときの画像や動画を再掲します。

下の動画の冒頭に、一瞬だけ不思議な看板のようなものが映ります。右に静止画として切り取ってありますが、これは矢印の方向に「公衆電話がある」というサインです。
当時は西独でもまだ携帯はほとんど普及しておらず、逆に公衆電話はどこにでもあったのですが、東独では公衆電話の場所をガイドする看板が必要な状態だったいうことで、当時の事情が垣間見えます。
矢印の方向にはマルクト広場があります。

動画は、私と同僚たちが上の公衆電話の表示のある方向に歩いて行くところから始まります。やがてマルクト広場にでますが、トラバントが大量に駐車しています。このころはまだ西側からの菱光社も少なかったようです。軍用車両も映っています。

やがてカメラは広場の東側を映し出し「お堂」のような建造物(Wasserkunst)を映し出します。その後、黒っぽい建物にフォーカスしますがこれは Alter Schwedeというこの町最古の Bürgerhaus(市民階級の邸宅)とされ、その名前はヴィスマールが一時スェーデン領だったことにちなみます。今はレストランが入居して営業しています。

動画はやがて Hinter dem Rathaus通りに入ったあたりで終わりますが、この通りには当時急ごしらえと思しき屋台小屋や、軍用車両が出入りする詰所のようなものがありました。最近言ったところではそういうものは完全に姿を消していました。

右手にあるのが Wasserkunst、中央やや左の黒い建物が Alter Schwerde

1990年当時はまだ西側資金による本格的な復興・修復は始まっておらず、遠目には綺麗に見えていた建物も近くによるとボロボロでした。

メクレンブルクのグレーの領土の中にある薄紫のスポットがスエーデン領となったヴィスマールです。もう少し東のシュトラールズンドやグライフスヴァルトもスエーデン領になっています。ヴィスマールは、約250年間スウェーデンの領土でした。1648年のヴェストファーレン条約によりスウェーデン領となり、その後1903年までスウェーデンが権利を主張し続けました。この深い歴史的関係から「北ドイツの小さなスウェーデン」とも呼ばれています。ヴィスマールとスウェーデンの主な関係ポイント

    • 領有の始まり: 三十年の戦争(1630年)を経て、1648年にスウェーデン領になりました。バルト海の交易ルートを守るための重要な場所でした。
    • スウェーデン最高裁判所: スウェーデン王国の「北ドイツ高等法院」が置かれ、周辺地域の中心地として栄えました。
    • 歴史的な街並み: 1803年にはドイツのメクレンブルク家に質入れされましたが、その後も建築物などにスウェーデンの影響が強く残りました。
    • 現在も続くお祭り: 毎年夏にはスウェーデン統治時代を祝う「Schwedenfest(スウェーデン祭)」が盛大に開催されます。
    • 世界遺産: ヴィスマールは、美しいハンザ同盟都市の歴史的景観が評価され、シュトラールズントと共にユネスコ世界遺産に登録されています。

★★★ ヴィスマール Wismar -2- に続きます

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