誰も知らないドイツの町 Unbekannte deutsche Städte(30):マクデブルク Magdeburg -1-

ザクセン=アンハルト州の州都のマクデブルク Magdegurgをご紹介します。前項でご紹介したハレ Halle(Saale)と人口ではほぼ同じですが、大きな違いは、人口が 20万人を超える町としては奇跡的に絨毯爆撃にによる徹底的な破壊を免れたハレとは異なり、戦災で激しく破壊され、そこから旧東独流と旧ソ連流の建築様式で復興したことで町の統一感が失われてしまったことでしょうか。

非知名度は、流石に州都なので★にしておきましょう。後で触れますが、町としてのマクデブルクを知らなくても、真空の実験(空洞の半球を二つ合わせて、内部を真空にすると、双方を馬に引かせても離れない)の「マクデブルクの半球」のことは、小学校か中学校の理科で習った記憶があるのではないでしょうか?

Wappen Lage Data

私はこの町を何度か訪れています。最初は 1990年 9月 30日、ドイツが統一する 10月 3日の僅か 3日前、まだギリギリ「ドイツ民主共和国」だった時代です。その次は 1996年、まだまだ復興途上の旧東独をドライブする途中で、ここに立ち寄りました。鉄ちゃんなので、駅に立ち寄りましたが、なんとも活気が無く薄汚れた駅だったのが妙に記憶に残っています。

三度目は 1998年、マクデブルクの複写機ディーラーのパーティーに招待された時です。旧東独時代は「複写機」というのは、妙な反政府ビラをコピーされては困るという事情もあって規制されており「東独全土で 5,000台程しか設置されていなかった」のです。それが、突然自由化され、西側企業や官庁関係が雪崩を打ったように東に進出し、複写機が文字通り「飛ぶように」売れた時代です。その時は、リューネブルク工場の副社長として VIP待遇を受け、出来たばかりの MARITIM HOTELの最高級スイートルームに泊めてもらった記憶があります。そのディーラー、まだ頑張っています。

その後も、ここを拠点にすると、行ってみたい町へのアクセスがいいので何度か泊っています。その割に、この町を徹底的に調べ尽くそうというモチベーションには欠け、あまり大量の画像は残ってはいないのですが・・・

↓↓ 1990年 9月 30日、ドイツ統一の僅か 3日前に、日本から出張してきた同僚達とドライブした際に撮った画像です。道路脇のリンゴの木に実がたわわになっています。同僚達にそそのかされて、木に登っています(笑)・・・若かった(笑)

↓↓ DOMの前で記念撮影

↓↓ マクデブルクの半球のレプリカです

↓↓ 上の写真で私が持っている本です。Magdeburg随一の目抜き通りだった Breiter Wegの戦前の写真集です。当時、こういう戦前の画像を集めた写真集があちこちで出版されていました。

↓↓ 博物館の入場券。紙のロールにミシン目があり、連番がスタンプされているという、西ドイツにもよくあったタイプです。

料金が 1.00Mとあるので東独のものと分かりますが、通貨は、ドイツ統一に先だって既に 7月 1日から DMが導入されていました。

↓↓ この博物館で土産に、オットー・フォン・ゲーリケOtto von Guericke)による真空実験、所謂「マクデブルクの半球Magdeburger Halbkugeln)」の版画レプリカを購入しました。押入れ深く眠っていると思われますので、発掘するまでの間、Wikipediaから画像を借用しておきます。

Magdeburg.jpgExperimenta nova (ut vocantur) Magdeburgica de vacuo spatio, 1672, パブリック・ドメイン, リンクによる

↓↓ マグデブルグ大学は、この実験を行い、市長でもあった「オットー・フォン・ゲーリケ」の名前を冠していますが、その大学が製作した実験を再現した動画が公開されています。

マクデブルク Magdeburg -2- に続きます

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