誰も知らないドイツの町 Unbekannte deutsche Städte(105)★★★ メルゼブルク Merseburg -9-

メルゼブルク Merseburg -8- からの続きです

さて私にとってはこの町は再訪になるのですが、以前に行った時(2012年8月12日)の写真をアップしておきます。今回のは2024年5月12日なので 12年前ということになります。この時はクルマで行って、適当にその辺に駐車してお城の周辺を駆け足で回っただけで印象は薄いのですが、写真だけはちゃんと残っています。

この町を訪れたのは夏時間の夕方 19:00ごろ、太陽の光が斜めから当たってかなりコントラストの強い画像となっています。博物館は既に閉まっており外側から写真を撮ることになります。大体こういうアングルになってしまうんですよね(笑)

シュロスガルテンサロンは、ザクセン・アンハルト州メルゼブルク市にある歴史的建造物シュロスガルテンに属する建物です。

建築と歴史

この 2 階建ての建物は、1727 年から、ヨハン・ミヒャエル・ホッペンハウプトの設計により、モーリッツ・ヴィルヘルム・フォン・ザクセン=メルゼブルク公の依頼により、バロック様式で建設され、庭園の祝宴会場として使用されることになりました。1931年から1735年の間に建設が完了しました。長方形の平面図に基づいて建てられた城の庭園サロンのファサードは13軸で、南側の城の庭園に向かって配置されています。東側と西側には、それぞれ3つの軸が建物の側面からリサリートとして突出しています。それぞれ小さな切妻で覆われています。1階南側にはトスカーナ式の柱廊があり、元々は窓扉から庭園へと開かれていました。1階の柱はラスタック仕上げで、上層階ではピラスターの形に続いています。建物はマンサード屋根で覆われています。後部に階段室が後付けされました。

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柱廊には、もともと壁柱の前に 14 体のローマ神々の像が置かれていましたが、1836 年に撤去されました。

1825 年以降、この建物は、プロイセン州ザクセンの代表機関、当時の州議会、そして現在のザクセン・アンハルト州議会の前身である機関の会合場所として、一時的に使用されていました。城の2階は州議会委員が、城の庭園サロンは州議会が利用していました。大きなサロンのほかに、この建物には委員会が利用するための4つの大きな部屋と2つの小さな部屋がありました。この建物を利用するには、大規模な改修が必要でした。州議会の会議は冬に行われるため、特にストーブの交換と窓の密閉が必要でした。改修費用は1838ライヒスタラーでした。

この建物は、第二次世界大戦中の1944年7月28日の爆撃で被害を受けました。特に西側が大きな被害を受けました。屋根や窓にも損傷がありました。この損傷により、木製の天井と階段室が破壊されるカビの発生も引き起こされました。1948年から1953年にかけて、建物は内部を解体され、新しい天井が取り付けられました。階段室では、2段階段がコンクリート製の1段階段に交換されました。1995年には、さらに改築が行われました。

西側と東側の両方に、もともとオレンジ園が併設されていました。西側のオレンジ園は1944年の爆撃で破壊され、その残骸はその後取り壊されました。東側の併設施設は、1968年からレストランとして利用されていました。

上の写真を撮ったところからすぐ近くの場所ですが、この幾何学模様っぽいコンクリートブロックは東独独特のものでした。ワルシャワ条約機構軍の基地がこういうブロックで囲われていることが多かったです

旧東独に「あるある」なんですが、かつては「HOホテル」などとして存在感のあった立派なホテルが廃業し廃墟化しています。ただ元々は立地にも恵まれた建物なので、そのいくつかは別のオーナーに購入されリノベーションが進んでいます。この Hotel Dessauer Hofもそんな一つのようです。イスラム関係者が購入し、ユダヤ関係者も同居に関心を示している・・・ドイツの今日的な一断面かと思います。

メルゼブルク – メルゼブルクのダム通りにあるデッサウアー・ホフは、長年にわたり空き家となっていました。しかし今、この旧ホテルに動きがあります。所有者が変わっただけでなく、この建物の将来に関する構想も生まれ、内部の工事も順調に進んでいます。

この旧ホテルは、イスラム文化センター協会によって購入されました。この建物は、5万ユーロ未満で協会に売却したイスラム教徒の女性が所有していた。

「この建物を異文化間交流センターとして提供したい」と、イスラム文化センターの会長であるだけでなく、ザーレ郡で同盟を結成している複数の移民組織やイニシアチブのスポークスマンも務めるアスミル・コスタ氏は語る。

礼拝室が狭くなった

実際には、文化協会はより広い礼拝室を探していただけでした。現在の礼拝室は、2年半前からヴァイセンフェルス通りにあるものですが、手狭になってきました。現在では、毎週金曜日、50人から70人の男女が金曜礼拝のためにこの礼拝室を訪れています。

新しい礼拝室は、デッサウアー・ホーフの 1 階に一時的に設置され、隣の部屋は研修・相談室となる。この階は約 2 ヶ月で完成する予定である。最終的な礼拝室は、裏庭にある約 120 平方メートルの部屋に設置される。この部屋は、実際には隣家(現在、改修工事中)に属している。しかし、協会は、この家の 1 階全体を所有者から購入した。この部屋は、かつて「スポワ」という店があった場所で、その入口部分には、ユダヤ教徒やイスラム教徒が食べることができる食品(コーシャおよびハラール)を販売する国際的な店がオープンする予定です。礼拝室が最終的な場所に移転したら、ホテルの旧客室には、アルコールは提供しない国際的なレストランがオープンする予定です。

学生向けアパートも

デッサウアー・ホーフの1階と2階では、現在、部屋の改修作業が行われています。合計21室が賃貸用として提供される予定です。協会は、学生、移民、難民申請者がここに住むことを想定しています。屋根裏にはさらに12室あり、協会が利用できるようにする予定です。

この建物は、異文化間交流の中心地となるだけでなく、異宗教間の交流の中心地にもなる予定です。イスラム教団体に加え、ハレのユダヤ教団体も関心を示しているそうです。教会とも協議が進められているとのことです。(mz)

メルゼブルク Merseburg -10- に続きます

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