誰も知らないドイツの町 Unbekannte deutsche Städte(23):★★シュマルカルデン Schmalkalden -1-

テューリンゲンのシュマルカルデン Schmalkaldenをご紹介します。普通の日本人は多分こんな町は知らないだろうな~と思われるところを中心に紹介していますが、この町はかつてルターの宗教改革を支持したエヴァンゲリッシュ(プロテスタント)諸侯が、この町でシュマルカルデン同盟を組み、神聖ローマ皇帝カール5世のカトリック陣営と戦ったシュマルカルデン戦争などで、ドイツの歴史に名前がよく登場するので、ご存知の方も少なくないかと思います。というわけで★★としておきます。

今日では、そんな歴史の大舞台となったことなど感じさせない、リノベーションされたファッハヴェルク(Fachwerk 木組みの家)が美しく立ち並ぶ小さな町です。

Schmalkalden Altstadt 03.jpgCC BY-SA 4.0, Link

Wappen Lage Data

Schmalkalden Altstadt 01.jpgCC BY-SA 4.0, Link

テューリンゲンの観光サイトにある、7分ほどの動画による町の紹介です

ちょっと長編ですが、詳しい町の案内があります。

大都市との位置関係はこんな感じです。ザクセンのライプツィヒやドレスデンよりも、ヘッセンのフランクフルトやカッセルの方が近くにあります。

右の地図の赤い部分は、ドイツ帝国が成立する過程で 1866年にプロイセンに併合され、その一部となった「Hessen-Nassau(Kurhessen und Nassau)ですが、リング状のメインの領土の東に小さな「赤い点」として見える部分・・・これがシュマルカルデンです。

ルターの宗教改革が力を得ていく中で、カトリックの神聖ローマ皇帝カール5世に対抗して、ルターを支持するプロテスタントの7諸侯と11都市が同盟を組みますが、それを主導したのがザクセン選帝侯とヘッセン方伯(Landgraf Hessen)・・・その舞台となったのが、ザクセン選帝侯領の中にヘッセンの「飛び地(Exklave)」として存在していたシュマルカルデンだったという関係です。

遡ると「Landgraf Heinrich II. von Hessen bestätigte 1360 in einem Brief, dass er gemeinsam mit Elisabeth von Henneberg-Schleusingen, der Witwe des Grafen Johann I. von Henneberg-Schleusingen, Stadt und Amt Schmalkalden sowie Herrenbreitungen „mit Zubehör“ von Albrecht von Nürnberg gekauft habe und mit ihr dazu einen gegenseitigen Erbvertrag abgeschlossen habe. Der Kaufpreis für die beiden Orte betrug 43.000 Goldgulden. Damit wurde die hennebergisch-hessische Herrschaft über Schmalkalden begründet.」

「ヘッセンのランドグラーヴ・ハインリヒ2世は1360年の書簡で、ヘネベルグ=シュリュージンゲン伯ヨハン1世の未亡人であるヘネベルグ=シュリュージンゲンのエリザベートとともに、ニュルンベルクのアルブレヒトからシュマルカルデンの町と事務所、および「付属品付き」のヘレンブライトンゲンを購入し、そのための相互相続契約を締結したことを確認しています。2箇所の買取価格は43,000金のグルデンになりました。これにより、シュマルカルデンのヘネベルク・ヘッセン支配が確立されました。」という記述が独語 Wikipediaにあります。これがヘッセンの飛び地となった起源のようです。

★★シュマルカルデン Schmalkalden -2- に続きます

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