ドイツ放浪記(33):戦後、ソ連風に再建された町

第二次大戦後、破壊された町を再建するのに、その後ドイツ民主共和国(東独)となるソ連占領地域では「都市計画の16原則(Die 16 Grundsätze des Städtebaus)」が導入され、それは 1950年から約 5年間、ドイツ民主共和国の都市計画の指針となった。それらは「社会主義都市」の理想的な概念によって形作られ、「社会主義古典主義」の典型的なスタイルを持つ第一次復興段階を形成した。

この原則に基づいて再建・建設された都市や地域の事例は数多くあり、ベルリンに加え、最も重要な工業都市である「ドレスデン、ライプツィヒ、マグデブルク、ケムニッツ、デッサウ、ロストック、ヴィスマール、ノルトハウゼン」が優先された。他にも溶鉱炉が新設された Stalinstadt(現 Eisenhüttenstadt)などはその典型であり、この町もその影響を大きく受けていると考えられる。

私が初めてこの町を訪れたのは 1990年 5月、戦前の街並みの復興を旨とした西独のスタイルを見慣れた目には、かなりの違和感を覚えたのを記憶している。上は、その時の写真・・・閑散とした街にはトラバントが2気筒エンジンのパタパタという音と、混合ガソリンの独特な臭いの排気ガスを吐き出して走り、西日があたるソ連風の建物に「シュール」な感覚さえ覚えたものである。

あの町は今どうなっているんだろう?と確認したくて、今回拠点として泊まってみた。時間帯は違うけれど、ほぼ同じ場所から撮ったのが下の写真。

この町は、4つの城門が残っていることでも知られているが、これはその中の一つ「Treptower Tor」の 1990年と 2023年。

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