産業用インクジェットの世界(2)

【産業用インクジェットの分野概観:ハードルが高かった「塗布」】

前回はインクジェットの分野を、「印刷とモノづくり」、「スキャン方式とシングルパス方式」の軸で切って、数学の象限に例えました。話の主題は印刷にあるのですが、まず外堀から埋めるために「ものづくり」x「シングルパス」で構成される塗布分野の話をします。

「塗布(coating)」は非常に広い概念でありつつ、重要な加工技術ですが、一般に塗布装置(coater)による塗布は「全面塗布」、いわゆるベタ塗りが主体で、部分的に塗ったり塗らなかったりというのは苦手です。どうしてもやりたい場合には、塗りたくない部分を何かでマスクして、全面塗布した後でマスクを剥すなどの手順を踏むなどの工夫が必要となります。

塗布方法の例

塗布方法の例
(神戸大学;工学研究科 菰田研究室資料)

スロットダイコートの説明

スロットダイコートの説明
(神戸大学;工学研究科 菰田研究室資料)

これを「必要な部分だけに塗布する」ことが可能になればいいのに・・・」と考えることは不自然ではありません。 インクジェット技術の本質は「微小な液体を、必要な時に、必要なだけ、狙ったところに正確に撃ち込む」ということですから、「塗布したい部分だけに、塗布したい分量だけの塗布液をインクジェットで撃ち込めばいいだろう」との期待が膨らむのは当然のことです。

このような案件は、私が産業用インクジェットに関わった当初、頻繁に持ち込まれてきましたし、今もそういう案件は少なくないと思います。塗布装置のメーカーは「スリットダイコーター」、「グラビアコーター」、「カーテンコーター」などを品揃えしており、このコーター部分をインクジェットヘッドにすればいい話と考えます。しかしながら今日に至るまで、成功事例は皆無とは言わないまでも、極めて例外的な案件に限られ、とても勢いを持って普及しつつあるという状態には程遠いのが実態です。何故でしょうか?

一般に塗布は、塗布したいものを溶媒に溶かし、何らかの手法で対象物(メディア)に塗布した後、乾燥工程で溶媒を飛ばし、塗布したいものをメディアに残し定着させる・・・という手順を踏みます。この時の溶媒の選択には、塗布したいものとの相性(うまく溶かし込めるもの、うまく分散できるもの)、メディアとの相性(濡れ性がいいもの、メディアを傷めないもの)、乾燥性能が良いもの(距離や時間など限られた乾燥条件で十分乾燥する)などが考慮されます。

一方、インクジェットで飛ばす液体には「ヘッドの中にいるときには乾燥しにくく、一度ノズルから出て、メディアに着弾した後は速やかに乾燥すること」という難題が求められます。この矛盾を解決するために、紫外線などの外力を持ち込んで乾燥(重合)させるという手法がとられることもあります。

誤解を恐れず言い切ってしまえば、従来の塗布液に求められる性質と、インクジェットで飛ばす液体に求められる性質の接点が非常に少ないということなのです。

更に、もう一つ、案件が成立し難い背景に重要なことがあります。一般に塗布装置のメーカーは、殆どの場合その顧客から塗布液の内容を開示されないのです。顧客にとっては塗布液の処方は門外不出の処方で、企業秘密そのもので、装置メーカーに開示するものではありません。かつて私が勤めたメーカーでは写真フィルムを塗布製造していましたが、その塗布乳剤を塗布装置メーカーに実験のためでさえ渡すことはなかったハズです。

インクジェット技術を応用した塗布装置を開発するために、そこで射出される液体のことを知らなくていいのか?すべて知らなくても、どこまで知っていればいいのか?このあたり、実は深遠なテーマに発展するのですが、その説明はまたの機会に譲るとして、結局「液体の内容を開示しない顧客」と「インクジェットの原理原則をよく知らない装置メーカー」の組み合わせでは、「全面塗布ではなく、必要な部分だけに塗布する」という夢は実現できなかったということなのです。

逆に言えば、こういう夢を実現するためには、ある一定の枠組み・条件の中ででも、情報開示しあっての相互協力が必要だということになろうかと思います。

次回はこの関連で「プリンテッド・エレクトロニクス」への応用をお話しします。

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